第18話 殺し屋、暗殺者を暗殺する夕方①


「……!」


 明らかに廃墟のホールで目覚めると同時、両手両足が見事に縛られていた。

 意識を失う直前の帰り際、手際よく囲まれたと思ったら睡眠魔術の魔法陣を見た記憶まではある。

 

「突然の手荒な真似をお許しいただきたい」


 数人の男達に囲まれている。いずれもかなりの手練れで、脱出は無理そうだ。

 今、自分は誘拐された。その事実を認識した上で、這いずりながらエレンは問う。

 

「何者だ!? ボクを捕まえてどうしようというんだ!」

「ボク、ねぇ……の、割りには身に着けてるショーツ、随分と派手なんだな。年齢にあってないんじゃないか? 俺は青色、好きだけどな」

「あ……」

「仕事じゃなきゃ、是非ともお相手願いたかったけどなぁ」


 リーダー格らしき男が、箱で脚を組みながらエレンの下半身へと目を向ける。

 味を想像するような、舌の動き。

 気絶している間に“確認された”事を知って、恥辱で脳がいっぱいになる。

 

「そんな事しなくても、調べはついたがな。エレン。おたくが女であることも――そして、であることも」

「……!」


 真実だった。

 エレンは、本名エレーナリア・フォン=ハルドは、このハルド王国の女王である。


「バレてんのが意外って顔だな。無理もねえ。おたくは名目上は国王だが、存在感ゼロだもんな。本当に力を持っているのはおたくの母親、王太后様だ。自分に注目する人間なんていやしないと思ってたんだろうな」


 確かに、エレンは玉座に君臨している。だがあくまで建前だ。

 国民も、貴族も、大臣も、自分の背後にいる母親という壮大な影しか見えていない。


「実際、大した変装だ。まさか女王なんて夢にも思わない。だが、生憎と俺達はそういうのを調べるのが得意でね」

「何者だ。お前達は」

「“地下水脈アンダーグラウンド”。そう言えば分かるんじゃないか?」

の諜報機関!」

「ご名答。尤も、残党というのが正確だがな。王政に切り替わり、過去の遺物として潰された。お前らハルド王家にな」

「その復讐として、ボクを捕まえたわけか」

「いいや? さっき仕事、と言ったはずだ。実はある人間から、アンタを引き渡すように依頼を受けててね。これが金になる」


 とっくに共和国時代の教示など持ち合わせていないリーダーが、再び舌なめずりをしながらエレンへと手を伸ばす。

 背筋が凍った。

 明らかにエレンを弄ぼうとしている。

 女性としての尊厳に、罅が割れる音が聞こえた。


「……っ」

「精神が壊れない程度になら、甚振っても構わねえよな。こんな極上モノとやれる機会なんて、滅多にあるもんじゃ……」


 しかし、その手がぴたりと止まる。

 顔を見てみると、お楽しみはこれからだったのに、と言わんばかりに舌打ちしていた。

 怪訝な視線は、一つしかないドアの方へと向いている。

 

「侵入者か。気付いてるぞ。入って来い」


 リーダー以外の“地下水脈アンダーグラウンド”のメンバーも、次元の違う殺気を発していた。

 かつて、共和国を震撼させた諜報機関だったという事実は、伊達ではない。

 気配だけで、侵入者の匂いを当てて見せたのだから。

 

 扉が開く。

 フードの闇から、ぽっと龍の面が浮かび上がっていた。


「……さてはリヴァイアサンか」

「“地下水脈アンダーグラウンド”の残党リーダー、キースだね」


 キースと名前を言い当てられたことに、リーダー格の男は狼狽えない。寧ろそこまで辿り着いたリヴァイアサンを褒めるように手を叩いた。

 

「王女を連れ去ろうとしていると、君達の部下から聞いた」

「一人帰ってこないとは思ってたがな。そいつはどうした」

「殺した」

「どうやら俺達は同じ穴のムジナのようだな」

「だけど、今君達が捕えているのは王女とは関係ないよね」


 拘束された状態ながらに、エレンは外光にて逆に暗く見えるリヴァイアサンの姿を認めた。


(あれ? なんかこの声、聞き覚えがある)

 

 声色は意図的に変化させているようだ。それでも変わらない本質的な何かが、鼓膜を通して心に突き刺さってくる。

 だが踏まれたことによる重みに、思考を緊張へと押し戻された。

 

「関係ない、か。クク……なら、放っておいてもいいんじゃないか?」

「そうはいかない。彼は死ぬべきではない」

「それは俺達が決める。お前はここで死ね」


 キースが指を鳴らすと、リヴァイアサンの足元で黄色い魔法陣が閃光を発した。

 

「トラップ魔法陣!」


 エレンがその正体に気付いた時にはもう遅い。

 あらかじめ設置され、キースの合図一つで即発動する仕組みの“雷”のトラップ魔法陣は、瞬く間に雷光をリヴァイアサンの下まで伸ばしていく。直撃すれば感電死どころか、全身黒焦げだ。

 しかし、リヴァイアサンは一切動じなかった。

 

 雷が貫いた瞬間、リヴァイアサンの姿が水面に映る像のように曖昧になった。

 そして消えた。

 

「“蜃気楼”、だと!?」


 どよめく“地下水脈アンダーグラウンド”。どこにもリヴァイアサンの姿が見当たらない。

 と、一瞬だけエレンから意識を外していた事が、裏目に出た。

 エレンが消滅していた。


「いつの間に……!」


 冷静さが失われていく空間にあって、キースだけは一人警戒しながらも、分析が出来ていた。


「恐らく風魔術だろう。空気の層を巻いて見えなくしてやがる。後は視線誘導って所か。ここまで隠密に長けた奴は現役の頃も見た事ねえな……」


 そう言いながらも、キースは邪悪に頬を吊り上げ、指した方向に黄色の魔法陣を出現させる。

 雷鳴が鳴り響いた途端、折れ曲がる閃光を直前で躱して見せたリヴァイアサンが、全員の目に移った。

 想定外の攻撃で、見えづらくしている“空気の層”からリヴァイアサンが飛び出したためだ。

 曲がりなりにも、かつては諜報機関のトップ。ここまで早く“空気化”を見破った例をリヴァイアサンは知らない。


「相手が悪かったな! 俺達ァ本場の隠密だ! 共和国時代と同じく、今も俺達の時代の筈だ!」


 エレンは未だどこかに空気の層で隠しているだろう。

 だが、そんな物はリヴァイアサンを殺して、露わになった所を再び捕まえればいい。

 そう確信した“地下水脈アンダーグラウンド”全員の攻撃が、一点に集約される。

 数多の魔法陣が展開され、あるいは、暗殺者特有の独特のステップで、一気に距離を詰める。

 

「おらあああああああ、あっ?」


 ぼと、と。

 一番先頭の腕が、鈍い音と共に離れた。

 脚も、肩も、腹も、首も――輪切り状になって切断され、無機質に落ちる。

 他の男達も、生命の容れ物としての機能が無くなる程度には、バラバラになった。


「なっ……」

 

 キースの左腕も落ちていた。だが直感で動きを止めたため、それ以上輪切りになる事は無かった。

 だが断面と血液で成り立つ地獄を前に、戦慄する。

 

(……風魔術は無かったはずだ! 真空波の類は無かった筈だ!)

 

 何が起きたのか分からない。何が起きたのか分からない。

 恐慌で凍えたキースの顔が、ただ一人、血の海で佇むリヴァイアサンへと向けられた。

 

「君達は、時代を所有物にして、数多の人間を殺す。それは許されないことだ」


 その視線の先で、冷酷な殺戮人形は静かに告げる。

 暗殺。暗躍。その限りを尽くしたキースでさえ竦む、死神として。

 

「だから俺は、俺の悪に従い排除する。今の時代を懸命に生きる人々を脅かす、過去の遺物を」

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