第15話 殺し屋、実は女だと知らない昼
「エレン!」
「ノヴム殿、無事だったのか」
大通りに戻ると、壁に寄り掛かっていたエレンが呼吸を整えていた。
血は止まっているようだが、肩の傷は治療が必要だ。
「俺の家に回復薬のポーションがある。それで応急処置をしよう」
「自然に治る。エレン殿とは初対面なのに、そこまでしてもらっては不義理だ」
「気にしないで。怪我もいとわず子供を助けたんだから、貴族としてせめてそれくらいはしないと」
「……分かった。済まない、ではエレン殿の好意に甘えよう」
礼をしながら立ち上がり、エレンと共に屋敷へと向かう。
だが途中で思わず、ワーウルフの爪に破られ、血塗れながら露出した肩に視線が凝視する。
男として、いけない物を見ているような、咎める感覚。
まるで女を見ているようだ。実際、見える鎖骨は何故かセクシーなのだが。
(一瞬肩紐が見えたような……)
経験上、ブラジャーに類する下着のような気がする。
しかし、見間違えだろう。エレンは男だ。
最終的にノヴムはそう結論づけた。
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屋敷に帰ると、回復薬であるポーションにて応急処置は出来た。
プルムを起こすわけにはいかない。彼女は風邪と絶賛格闘中だ。
「シャワーで一度傷口も洗った方がいい」
「恩に着る。ノヴム殿」
シャワールームへと案内する。
少なくとも魔術浄水器で濾過された湯であれば、傷口の化膿は防げるはずだ。
「俺ので良ければ、衣服は後で持って来るよ」
「う、うん……下着はいいよ」
シャワールーム前の脱衣所に佇んだまま、エレンが固まっていた。
困っているというよりは、何か恥ずかしそうに眼を泳がせている。
「どうしたの?」
「え、ノヴム殿、済まないが外に出てもらえるだろうか。ふ、服を、脱がなければならないから」
「あっ、う、うん、ごめん」
思わず反射的に謝って、ノヴムも退出した後で反省する。
男同士なのだから、裸を見せてもいいのでは……というのは、人によって主義信条が違うのだろう。
暫くして、ノヴムはエレンへ貸与する衣服を片手に、脱衣室をノックする。
「エレン、服を持ってきたよ」
『うん。すまない。カーテンの外に置いてもらえると助かる』
脱衣室は、シャワールームの扉の周りをカーテンで隠せる仕様になっている。
とはいえ、ここまで同性で体を見せるのを警戒する人は初めて見た……同性の友達が少ないというのもあるが。
しかしエレンの言う通り、退出しようとした、その時だった。
カーテンの向こう側で、何か積まれた布が崩れる音が聞こえた。
ドア開閉によって内部圧力が変わったせいだろうか。
置いた替えの服のすぐ隣、カーテンの境界近くに、はらりと何かが落ちてきた。
花柄を衒った、青いレースの三角布だった。
「!?」
思わず声が出そうになり、直ぐに拾い上げてカーテン内の棚へと戻した。
あまり見えていなかったが、布らしき塊が崩れていた個所があった。そこに戻しておけば問題無いだろう。
勿論、殺し屋としてのスキルを存分に活かし、シャワーを浴びているであろうエレンには気付かれていない。
「はぁ……はぁ……」
そしてすぐさま扉を閉め、高鳴る鼓動を必死に鎮める。
異性の下着を初めて触ってしまった。男性としての理性をズタズタに引き裂くようなパンツに触れてしまった。
今でも思い起こしてしまう。儚い形に、情熱の模様。
「……あのパンツ、さてはプルムのか?」
一瞬何故かエレンのものかと勘違いしてしまったが、在り得ない。エレンは男だからだ。
思えば昨日、シャワーを浴びたあたりからプルムは高熱を出していた。
意識を朦朧とさせたプルムが、何か手違いで自分の下着をあの場所に置いてしまっていても仕方ない。
普段は整理整頓な淑女を心掛けているだけに、やはり彼女が引いている風邪は重症だなと思った、
(プルム……あんなの、穿いてたんだ……)
しかし大人っぽい。青のレース模様など、来てるイメージが無かった。
彼女も、背伸びしているのだろうか。見た目は10歳だが。
メイド服のスカート。短いが、男性のたしなみとして際どい時は見ないようにしていた。
だが、もしそのスカートが捲れると、あの細い太腿の付け根に青い花柄のレースが……。
(何を考えているんだ俺は! 変態か!)
ひとまず、気付かなかったフリをして洗い場を離れた。
早く忘れよう。殺し屋としての訓練中に、そんなテクニックもあったはずだ。
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未だプルムは、高熱で意識に靄が掛かっていた。
「うぅ……掃除しないと……」
フラフラと、何かできないかとプルムは徘徊する。
まだ熱はあり、倒れかねない。しかし強い責任感が、ぼーっとする彼女を動かしていた。
ピク、と反応したのはシャワールームの前を過ぎ去ろうとした時だった。
「おかしい、ノヴムさま、シャワーの時間じゃ、ないのに……侵入者?」
繰り返すが、プルムは高熱で意識が朦朧としていた。
故に有人の脱衣所へ入る事の是非を考えられず、扉を開け、中に入ってしまった。
カーテンを開けると、丁度中にいた人間がシャワールームから出てきた時だった。
勿論、真っ裸。
「……」
「……」
しつこいようだが、プルムは高熱で意識が曖昧になっていた。
だが、中の人間が大まかにどんな人間かは理解していた。
そのボディラインをくまなく見て、そして無言で退出する。
そして、眼をぐるぐるさせたまま絶望した。
「ノヴムさま、きれいな女、つれこんでる……」
超高熱が出て、ついに気絶した。
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「……さっきの反応、ボクが女だという事に気付かれた?」
男装していた少女――エレンはタオルで豊満な胸を隠したが、もう遅い。
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