第11話 殺し屋、ギャングを暗殺する夜


「ほう。確かに只物じゃねえな。噂通りだ……」


 龍の面やローブでは隠し切れないどろどろとした死の気配。

 アルマゲは直感する。このリヴァイアサンと名乗った存在は、これまで数えきれない程人を殺してきた。

 同じ暴力の世界に身を置く者にしか分からない事。


「俺は元々冒険者をしていた」


 しかし、だからといって雁字搦めになることも無い。

 “黒鉄の蠍”のリーダーとして、裏世界という死線は十二分に潜り抜けてきたアルマゲにとっても、死など日常茶飯事だからだ。

 

「けど、最近は魔物退治や素材収集の仕事も無くて、冒険者ギルドも閑古鳥しか鳴かねえ。だからこういう用心棒やって憂さ晴らしてんの。シフォンさんの命令なら、殺しても問題なしだしな」

「暴力でしか生きられないって訳か。獣だね」

「てめぇに言われたくねえよ。どんだけ人を殺してきたんだ」

「18253人」


 多すぎる。


「……は? 馬鹿いえ、そんな“キッズ”でもあるまい、し」


 とアルマゲは自分で言っていて、何かがおかしいと思った。

 まさか。が頭を埋め尽くす。

 

「大丈夫。そんなに多くないよ。例えばそこに隠れているシフォンは、俺なんかよりももっと多くの労働者を殺す。君達のような暴力を使って」

「……権威のある奴は、生殺与奪さえ自由にできる神になるって訳か」

「その神を殺すのが、俺の役割だ」

「へっ、殺されてたまるか」


 言うと、アルマゲの体が膨張する。

 体内に魔法陣を走らせ、各種の筋肉が膨張した。

 上級の魔物にさえ打ち勝てる膂力を実現している。

 

身体強化魔術エンチャントか」

「俺は魔物もこの筋肉だけでさば折りにしたことがあるんだぜ……!?」


 巨体に似つかわしくない俊敏さで、一気に“リヴァイアサン”との間合いを詰めた。

 丸太のような腕の先端で、顔面一つ楽々と潰せそうな鉄拳が握られていた。

 身体強化魔術エンチャントによって強化された右の正拳は、隕石に例えても過言ではない――。

 

「あれ」


 ぱし、と。

 簡単に、受け止められた。

 “リヴァイアサン”の掌に包まれ、全ての勢いが死んだ。


「馬鹿な、俺の本気の一撃を……オボッ」


 一方、予備動作も無いジャブが、アルマゲの意識を削った。

 筋肉の鎧を貫通した衝撃が、全ての内臓を揺らす。


(こいつも身体強化魔術エンチャントを……違う、こいつ、で……!?)


 腹部を庇う様にして近づいた額に、“リヴァイアサン”の人差し指が密着する。


「やっぱりてめぇ、“キッズ”……!?」


 アルマゲは、確信した。

 この“リヴァイアサン”こそが、“キッズ”として帝国を滅ぼした張本人だと。


=====================================================


 アルマゲの死を確認すると、ノヴムは“回避動作”をした。

 直前、銃声が響き渡ったからだ。

 

 通り抜けた先では、壁が凍っていた。

 放たれた元では、震える手で拳銃をシフォンが握っていた。


「魔術銃か」


 本来、上級魔術師しか撃てない氷結魔術。しかし魔術銃の登場は、その制約を覆した。

 シフォンのような魔力の制約がない者でも、金を積んで魔術銃さえ手に入れてしまえば、過去の強力な魔術師に匹敵する。


「俺が経済を回してやってんだ! 経済を回さなきゃこの王国だって立ち行かなくなるくせに!」


 形勢逆転したと言わんばかりに、次の銃弾発射準備を整える。

 銃口に、水色の魔法陣が色濃く映った。


「2039」

「なに?」

「昨日時点で中央政府に届け出のあった、事業者の人数だよ。この一年で事業者は600近く伸びた。ここからは急激に伸びるだろう」


 しかし、音速以上で進む魔術の発射口と向き合っても、一切変わらない態度がシフォンを焦らせた。

 認知的不協和に陥った顔に、さらに追い打ちをかける。


「資本家も、労働者と同じく替えは幾らでもいるって事。でもね。人の命は、替えがきかないんだよね」

「この声……お前……ノヴムか!?」


 再び魔術の銃弾が発射された。

 しかし僅かに体をズラして、龍の面だけに掠める。

 

 吹き飛ぶ面。

 それが床で音を立てた時には、“空気銃”はシフォンの魔術銃を弾いていた。


「や、やはりノヴム……」

「今は後悔しているよ。工場見学の時に殺しておけばよかったと」

「待て、金なら払う。幾らでも払ってやる! なんだったら工場の経営権も譲ろう! 金さえあればなんでも出来るんだぞ!?」

「死人を蘇らせる事もか?」


 一切提示される金に執着を見せない。ノヴムが欲しいのは、シフォンという濁った命だけだ。


「過労で死んだ人を、ストライキ起こして死んだ人を蘇生できるのかい?」

「そ、それは」


 “空気銃”を宿した人差し指が、シフォンの額に張り付く。

 恐慌状態で泣き叫ぶシフォンにできる事は、跪いて祈る事だけだった。

 

「た、助けてくれええええええええ!」

「金に頼めば?」


 翌日、シフォンの遺体が街の川を流れていた。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る