第10話 殺し屋、ブラック経営者を暗殺する夜

「害虫がいなくなった夜は、酒が旨いものだ」


 執務室で安楽椅子に腰かけながら、ゆったりとワインを含むシフォン。

 同じく談笑する“黒鉄の蠍”のうち、リーダーのアルマゲも酒瓶を片手に、その巨体でシフォンへ近づく。

 

「しかしよう、幾ら労働者を悪者にしたって、派手に人死にが出ちゃ、新しい工場にも人が寄り付かないんじゃないか?」

「労働者は労働者にしかなれんさ。街にはその余剰で溢れてる。どんな劣悪な環境だろうと、労働者は雇える」

「俺らみたいに“警備”の仕事に付きゃいいのにな」


 汚いギャングの笑い方に辟易しながらも、鼻を鳴らしてシフォンが続ける。


「そもそも、『何らかの仕事に従事しない者は捕まる』という法律があってな。役人共は、この法律はきっちりと守らせたいらしい」


 仕事をしていない事は、この王国では罪なのだ。

 と、前置きを置いたうえでアルマゲに尋ねる。


「何故国がそんな法律に躍起になっているか分かるか? もっと工場を建てたいのさ。もっと産業を興したいのさ。今やこの王国は世界列強の中でも経済で抜きんでて、完全に独走状態にある。だがまだ足りないのだ。経済のピラミッドの人柱が欲しいのさ。俺達はその手伝いをしてやっている。労働法とか、環境汚染とか、現実味の無い事を言ってないで、政治家も貴族も金を落とせばいいのさ」

「はーん。まあ、俺達は暴力で金稼ぎ出来てるわけだから文句はねえけどな」

「流石は“ロストバーン帝国”からの流れ者……怖い怖い」


 “ロストバーン帝国”。暴君の独裁で有名な国

 10年前、ハルド王国と大規模な戦争を繰り広げた国でもある。

 ロストバーン帝国と自分で言って、シフォンはある事を思い出す。


(確かあのノヴムも……10年前、連れ去られたのがロストバーン帝国という噂だが)

「旦那。もうロストバーン帝国は存在しないんだぜ」

「そうだったな。1年前に、滅ぼされた」

「ああ……“キッズ”によってな」


 “キッズ”の名を聞いたシフォンが、小馬鹿にした笑いをする。


「あれは都市伝説だろう。亡国の原因は内乱ではなかったか?」

「いや、“キッズ”は存在するよ。俺は奴らに出くわしたことがある」

「馬鹿な。在り得んよ――もしそれが本当なら、10

「ロマンがねえな、旦那は」


 “キッズ”――その集団が本当にいたのかは定かではない。

 目的は不明。活動範囲は不明。リーダーは不明。

 存在するかどうかは不明。


 ただし、都市伝説によれば、ロストバーン帝国終焉の真の原因とされている。

 “ピエロ”の仮面を被り、その数10人以下で現れた彼らは、皇帝に与する数万人の兵士を、一夜にして全滅させた。


 とはいえ、幾ら何でも数人の少年少女で、一夜で数万人の兵士を殺し尽くしたなどという因果関係を信じる者は少ない・

 

「そんな奴、居てたまるか。実在したら、全ての歴史がひっくり返るわ」

「いいじゃねえか。ロクな歴史でもないんだし。なぁ?」


 アルマゲは“黒鉄の蠍”の部下と、揃って高笑いを始めた。都市伝説を真実のように信じ、理性なく暴力に勤しむこの連中の事も、シフォンは見下していた。

 しかし彼らが裏切って、自分たちの関係を公的に明かしたら、この後のビジネスにおいては不利になる。


(ぼちぼちこいつらも邪魔だな。殺し屋でも雇って始末するか)


 その殺し屋に狙われている事を、シフォンはまだ知らない。


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「楽しそうな会話してやがる……どうせ俺達へのお零れは少ないんだろうな」

「まあいいさ。昨日は楽しかったからな。もっとやりたかったくらいだぜ」


 執務室の前で、護衛をしている二人組の“黒鉄の蠍”構成員。

 外にも仲間がいるだけに、殆ど形だけの護衛に飽き飽きとしてきた頃だった。


「いやぁ、俺は二人しか殺せなかったからな……お前は四人殺したろ? そりゃ気晴らしになってるだろうからいいけどさぁ」

「……」

「おい、無視すんなよ、お――」


 肩を押すと、その護衛は膝立ちになり、そのまま床に倒れた。

 赤黒く開いた後頭部の穴から、赤黒いものが溢れている。

 

「えっ」


 調べる暇も無かった。護衛が手にしていたナイフが、首に添えられていたからだ。

 目前の窓には怯える自分と、ナイフを握る“リヴァイアサン”が映っていた。


「この執務室、開けてもらおうか」


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 ノック音。

 執務室で楽しく飲んでいた一行が、白けたと言わんばかりにドアの方向を見る。

 

「なんだ!」

『すみません、ちょっと知らせたい事が』


 一番近くにいた男が舌打ちをしながら、ドアへ近づく。

 鍵が回り、ドアが開いた。

 男の後頭部に穴も空いた。

 

「なっ……!」


 崩れる男。一方ノックをしたはずの護衛も、首にナイフが突き刺さったまま折り重なるようにして倒れた。

 誰もいない。

 開いた扉の先には誰もいない。

 沈黙。

 全員、冷汗を垂らす。

 楽しい酒の席から一転、虐殺空間へと執務室は変貌した。

 

「ぐあっ!?」


 悲鳴。戦場に慣れている筈の益荒男達が、何もできないまま頭蓋にトンネルを作っては死んでいく。

 

「お、お前らしっかりしろ! 高い給金を出してやってんだぞ」


 と喚くのが精一杯で、シフォンも机の下に隠れる。

 一方アルマゲは動き回りながら全身を魔術でコーティングした筋肉によって強化し、見えざる弾丸をなんとか耐え凌ぐ。


(普通の真空波なら傷もつかねえってのに……なんだこの風魔術、一撃一撃が……とんでもない、威力……!)


 アルマゲが周りを見渡した時には、既に仲間達は全滅していた。

 それだけではない。外にいた“黒鉄の蠍”達も恐らく生きていないだろう。

 長年、暴力の場に身を置き、生き延びてきたアルマゲだからこそ分かる。

 

 死神が、近くに居る。

 

「で、出てこい! 何者だ!」


 焦燥を隠し切れない声で、不可視の襲撃者に叫ぶ。

 広く、家具もあると言えど、密室。隠れて一方的に攻撃するなど、出来ない筈だ。

 

(…………………………!!)


 ぞく、と。

 心臓を貫かれたような、途方もない殺気。

 背後に、それはいた。

 龍の面。藍色のローブ。


「リヴァイアサン。これより、断罪を執行する」

「リヴァイアサン……てめぇが!?」

「要は死ね、金の亡者共って事」

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