第7話 殺し屋、工場の過酷労働に眉を顰める昼

 王国の産業革命は凄まじい。

 今日も王国では、歯車の音が木霊する。

 

 煉瓦造りの工場にて、場内を一望蔑視できる部屋に一同はいた。

 経営者のシフォンに連れられ、貴族が自動で動く“紡績魔術機”を興味深そうに観察していた。その中には、ノヴムも混じっていた。

 

「近く、新しい工場を経営しようと思っております。“ポーション事業”は今や伸びが激しい。更に新しい魔術の機械を使っていて、より大規模な生産体制を整えます。近々、皆様にも新しい時代への協力をお願いするかもしれません」

「シフォンさん、質問いいですかね」


 魔術機関によって自動稼働する紡績機の隣で、補助パーツのように操作する労働者を見ながら、ノヴムが尋ねる。


「あの労働者達は、ちゃんと休憩が取れているのでしょうか」

「勿論でございます。10時間以上の、労働法に反するような労働はさせておりません」

「それにしては疲労が取れていない、顔色が悪そうな人ばかりですけど」


 何日間も不眠不休で紡績機と向かい合っているような、虚ろな顔が点在している。


「あと労働法を守っている割には、14歳以下の子供も混じっているように見える」

「リセ! またてめぇか!」


 視線を向けた先で、あどけない少女が監督役の男に容赦なく鞭打たれていた。

 庇おうと駆け付けた親らしき夫婦以外は、誰も助けようとしない。

 上から見下ろす貴族やシフォンすらも、寧ろ楽しんでいるようにさえ見える。

 

 しかし突如。

 監督の男が、仰け反った。


「!?」


 その監督の男に向けていた“空気銃”の人差し指を、ノヴムは腕組の中に隠した。

 

 空気銃は不可視の銃。出力を下げれば、透明の鉄槌で殴るような物。

 撃たれた側も何が起こったのか理解できなければ、撃ったのが誰かも判別できない。

 周りも、ただ監督の男が転んだようにしか見えない。

 “リヴァイアサン”ではない、表の顔を晒している時も、これくらいの抵抗ならばできる。


「くっ……ちゃんと働けよ」


 監督の男が気味が悪いと言わんばかりの顔をして立ち上がるが、バツが悪くなったのか席へ戻っていった。

 ただの自己満足だな、と自戒しながらノヴムがさらに続ける。


「それに工場廃棄物を流している川。上流と比べて変色しているように見えますが、正規の魔石廃棄物処理は出来てるんでしょうね」


 このタイプの紡績機は、魔石を魔力源としている。

 一方で、適切に処理しなければ、異常魔力によって大気や水質を汚染するデメリットもある。

 

 ぽんこつ底辺貴族の癖に、空気を読め。

 そんな無言の圧力が周りからしていた。

 だが殺気が最も籠っていたのはシフォンだ。小うるさい蠅がいる。苦言したげな態度を隠し切れないまま、ノヴムを睨んでいた。

 

「ノヴム殿は聡明でいらっしゃる。我々としても頭を悩ませている所です。工場の経営も厳しいもので、もう少しそちらに金を掛けられればいいのですが……とはいえ、多少環境が汚染されたからといって何だというのでしょう」

「人間はとうに自然を支配しているのだからな」

「その通り。産業の発展こそ、国の至上命題にございます」

 

 がはは、と貴族も一緒になって笑う声が、どうにも不協和音にしか聞こえない。

 綿は、魔術紡績機による技術と、人の体力と、魔力で成り立っている。即ち人の生命と引き換えに、量産されている。

 事故だって付き物だ。いつ巻き込まれるかも分からない恐怖や、監督の鉄拳というプレッシャーと戦いながら労働者は、僅かな賃金の為に身を捧げている。

 シフォンも貴族も、機械音に紛れたその悲鳴が聞こえないのだろうか。

 法から有耶無耶に目を逸らして利益を追求する考えに、良心は痛まないのだろうか。


 人間労働の組織化は、確かに産業に革命的な発展をもたらした。

 だが、光あるところに影は結局出来る。

 命を燃料にする労働者がそれだ。


(このシフォンと工場、調べる必要があるね。“アリス”にも協力してもらうか)


 影をせめて少しでも除く者。

 それがリヴァイアサン――即ちノヴムの至上命題である。


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「ふん。昨日はあのノヴムという若造、何とも鬱陶しかったな」


 忌々しそうに安楽椅子に腰かけながら、ワインを喉に運ぶシフォン。


(あれは少し分からせてやる必要があるな……ん?)


「シフォン様。第二工場の労働者一部が、工場でストライキを起こしているそうです」

「……面倒な。“奴ら”に声を掛けておけ」


 舌打ちと部下への命令だけをして工場へ行くと、労働者達が工場の前で座り込んでいた。

 憔悴しきった、爆発一歩手前の顔つき。ストライキには似つかわしい、崖っぷちの雰囲気だ。

 経営者であるシフォンが来るなり、喧々囂々と労働環境の改善をまくし立て始める。


「当初の契約からもう半額も下がっている。この異常事態を改善するまで、この工場は開かせない!」

「これじゃ生活できない!」

「休日も強制的に剥奪されている! 人権侵害だ!」


 もう何日も帰っていない。なのに生活できるだけの賃金がもらえない。

 限界を告げる労働者達へ、シフォンがしたことと言えば鼻で笑う事だけだった。


「なら別の場所に行くがよい。最も、行く当てがあるのならばな。しかし、こういう前例を作るのは良くないな」

「なに……ぎっ」


 先頭にいた労働者の首が、真後ろに向いていた。

 泡を吹きながら死の痙攣を繰り返す頭部を、二回りも大きな筋骨隆々の男が掴んでいた。

 更に暴力は服を着て、容赦なく集る。

 

「雇ってやってたのに。カス共が」

「ぎゃ、ギャング……」


 “明らかに人殺しに慣れている”荒れくれ者達の後姿と、後悔を蒼白な顔で示す労働者の顔が視界に映る。

 そして、葉巻で労働者を焼きつぶす様に差しながら、一言ギャング達へ命令を発する。

 

「潰せ」

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