第5話 殺し屋、快楽殺人鬼を暗殺する夕方

「おい! 巡回してる兵士はいねえのか!? この辺りに住んでる奴らも! 俺を助けろ! このランド侯爵が暴漢に襲われてるぞ!」


 誰も応えない。この路地どころか、街から人が消えたような静寂だけが鎮座する。


「呼んでも無駄だ。辺りの住民は外に出掛けるように“仕向けた”。誰もいない」

「仕向けた、だと?」


 集団心理を掌握をしているような物言いに、ランドが眉を顰める。


「周りに“真空の膜”を貼っておいた。だからいたとしても気付かないと思うよ。断末魔も、戦闘音も閉じ込めるから」

「なんだそれは……」

「驚くことは無いじゃん。ただの風魔術だよ。敵を斬る真空波の方が、どちらかといえば『なんだそれは』じゃない?」

「じゃあ、俺の胴体を貫いたのも……風魔術……!?」

「“空気銃”だ。空気を風魔術で超圧縮して、それを指先から放ってる」

「そんなもの、普通は極めんぞ……」

「知っての通り俺は、魔力の素養がゼロだ。だから人殺しに特化するくらいしか余白が無かった」


 確かに理論上は出来る。ランドでも“空気銃”は発動できる。

 だが、真空波の方が威力が高く、何より発動が簡単だ。普通は皆、見えざる刃を風魔術で会得する。

 “空気銃”という、ただ魔力の燃費がいいだけで扱いの難しい魔術など、教科書のどこにも載っていない。


 ましてや、人差し指だけで、人を殺せるほどの“空気銃”を撃てるなんて。


「……俺を殺しに来たと言っていたな」

「この2週間で、君は7人の罪無き命を奪った。そしてこれからも奪うだろう。そうなる前に、殺す」

「何が悪い。俺は貴族だ。この王国を牽引してきた由緒正しき一族だ! 俺が殺した奴らはどいつもこいつも、生きてる価値の無いゴミばかりだ! 俺は親切にもゴミ掃除のボランティアをしてやったんだぞ!?」

「へー、プルムがゴミだって言うんだ」


 取り戻しつつあった貴族としての威厳も、リヴァイアサンの声に乗った静かな殺意に鎮められた。

 

「プルムを殺そうとする時の君には、王国の為とかそんな感情すら見えなかったよ。愉しそうに、笑ってたくせに」

「……どいつもこいつもやってる事だ。俺だけじゃねえぞ!」

「じゃあ君から殺して、そいつらも全員殺そう。言ってみ? 他に誰がいる?」


 返答に詰まるランド。

 人差し指を向け、いつでも“空気銃”を放たんとしていたノヴムは、最初から回答を求めていない。追い込まれた末の出任せかどうかは、簡単に見抜ける。


「ま、待て! 貴族が法を守らず私刑か!? ダークヒーロー気取りも大概にしろ!」

「法を守っていたら、プルムはどうなってた?」

「……っ!」

「確かに俺たちは先人が堆積と研磨をしてきた法に則る事で、国から安全を受け取っている身だ」


 ここまでは昼、プルムにも言ったことだ。

 しかし、ノヴムの価値観には続きがある。


「でも、法は完璧じゃない。法と癒着する悪人がいる。法も敵わない大きな権力がある。法が間に合わない小さな生命がある。その悪に対抗できるのは、法の外で悪魔に魂を売った悪だけだ」

「……悪」

「俺はダークヒーローじゃない。悪だ。俺は剪定し続ける。悪運が尽きるまで」


 ノヴムの瞳に、魂と呼べるものなど無かった。

 魂は、とうに悪魔へ売った。


 覚悟をした者しか到達し得ない、壊れた眼。

 快楽殺人者には宿らない、本物の眼。

 それを見た途端、ランドは首筋に死神の鎌が置かれた幻覚を見た。

 

(この俺が、怖気づいた、だと……!? 断じてありえん! こんな没落貴族如きに! こんな落ちこぼれ如きに!)


 庶民にも等しい男に見下されてランドを掻き立てるは、曖昧な死への恐怖よりも、鮮明な屈辱。

 

「ふざけんな!」


 全身の魔力を振り絞り、ランドは魔法陣を辺りに展開する。

 魔術学院を首席で卒業し、これから軍事方面で活躍が期待されたホープの最強魔術を繰り出さんとする。


「俺はこれからも楽しむんだよ! 千差万別の、俺だけに許された人の死にざまって奴をな!!」

「あの世で楽しめ」


 ノヴムの人差し指が揺らぐ。一瞬だけ風属性の魔力が躍動する。

 だが結界魔術の魔法陣に空気の弾丸は防がれた。

 ランドの顔に、笑みが浮かぶ。


「結界魔術か」

「俺の結界魔術は、喩え魔術兵器による爆撃だろうと、教師陣の強力な魔術だろうと防ぎ切ってきた……!」


 絶対的な安全地帯の中で、取り戻したプライドに心地よさを感じながら、ランドが反撃魔術を放とうとした時だった。

 

(いない……!?)


 辺りを見渡す。隠れている様子も無い。

 路地には思い上がった貴族が一人、寂しく結界を張っているだけ。


「逃げたか……!? 所詮は貴族の風上にも置けないゴミか……!」


 家に戻ったら、今回の襲撃について問いつめ、二度と逆らえないようにしてやる。

 自らのプライドを無駄に引き裂いたノヴムへ、どのようにやり返そうかと画策していた時だった。

 

 風魔術の基本。真空派の刃。

 後ろから、合理的にランドの首筋へ添えられていた。

 死神ノヴムは、難なくランドの背後を取って、そよ風に靡いていた。

 

「は、は?」


 詰みの状況に、蒼ざめたまま呼吸を乱す。

 警戒はしていた筈なのに。一切気配を感じなかった。

 

「さ、さっきまで居なかったぞ……逃げ、たんじゃ……」

「気配と姿を消してたから」

「そんな魔術知らんぞ!?」

「空気の層で自分を包んでた。風魔術を使ってね。それで見えなかったんじゃないかな」


 “空気化”。

 周囲の空気を、光の屈折率すら狂わせるほどに集約する風魔術。

 結果、


「そんな子供騙しで、姿を見失うなんて……」

「あとはホラ、俺は影が薄いから」


 貴族としてなら、魔術師としてなら、戦士としてなら、ランドはノヴムに劣るところなど何一つない。

 だが“人殺し”としては、あまりに格が違い過ぎた。

 

「た、助け」


 命乞いは届くことなく、由緒正しき貴族の血が首が噴き上がった。

 路地にて、血の海に揺蕩うランドを見下ろして、心底不愉快そうに溜息を吐く。


「よく楽しめるよ、君たちは。人の死に様こんなのを」

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