第4話 殺し屋、快楽殺人鬼を吹き飛ばす夕方

 2週間前。乞食が、バラバラ遺体となって発見された。

 1週間前。ギャングの少年が、ミンチになって死んでいた。

 昨日。身元不明の人間が、血と肉塊に分解されていた。

 

『た、助けて』

 

 という命乞いを聞いた上で、ゆっくり分解していくのがランドの趣味だ。

 手元の生殺与奪の権利を確認する事で、自分の貴族性を実感できる。

 生命を切り刻む行為は、食物連鎖の王と錯覚できる麻薬そのものだった。


 そんなランドの悩み。

 このところ、人の死にマンネリしていた。


「もっと、もっといい肉を斬りてえな……」

 

 街には社会に適合できなかった乞食やギャングがいる。彼らが死んでも、役人はまともに調査しないから都合がよい。

 だが、やはり最下層の屍を積み上げるだけでは足りなかった。

 もっと値打ちのある存在の『助けて』を聞きたかった。


「ん? あれは……?」


 ランドが悠々と街を歩いていると、バスケットを片手に走るプルムの姿があった。


(あの底辺貴族の侍女か……亜族のクセに、俺に意見しやがった奴だ)


 次の標的は決まった。憂さ晴らしには丁度いい。

 貴族を屈服させたかったが、何事も順序が大事だ。

 あの小生意気なハーフエルフに命乞いをさせる。心の底から屈服させてやる。

 そしてプルムの次はノヴムからあらゆる権威を剥いだ上で、命乞いを聞いてやる。

 そう思い、少女の背中を追いかけた。



 ――と、ランドに睨まれている事を知らないプルムは、緊急の買い物を終えて帰路についていた。


「よかった。塩、売ってました」


 バスケットに詰め込んだ塩の袋、その他食材を抱え夕闇の大通りを走っていく。


「うわ、エルフかよ」

 

 だが途中、魔力をエネルギー減とする街灯が、差別の面影を照らしていた。


 かつて奴隷確保の為に連れてきた亜族は、人間ではない。という認識が当然だったのは百年前の話。現在、法律は亜族を人間と見做してくれている。だが人間の目は濁ったままだ。勿論、ノヴムや、エルフである母親に優しかった父親のように、対等に接してくれる人間もいる事は知っているが。


 擦れ違う人間の何人かは、汚物を相手にするようにわざと避けていく。

 人の目線が嫌になったプルムは、使い慣れてる路地の近道に入り込んだ。


「しかし……本当にどうすればいいのでしょう」


 オルガヌム家執事とメイドの子であるプルムにとって、あの屋敷は第二の家だ。

 10年前、前当主ベーコンが死に、ノヴムも行方不明になってから、毎日泣いていた。

 ノヴムが居なくなった後の孤独は、今も夢に見る。

 両親が二度と帰らなくなった時と同じくらいに、今も夢に見る。

 

 だから、もうプルムは家を失いたくなかった。

 

「ううん。諦めては駄目。私にも出来るところからしないと!」


 自らを鼓舞し、まずは家に帰るところから始めるのだった。

 ――その背後に、ランドが忍び寄っているとも知らずに。


(さあ、いい声で命乞いてくれよ)

 

 抜かれた剣。

 更に拘束用の魔術。

 それが背後に迫ってもなお、プルムは気付かなかった。


 


(え)


 プルムの背後では、ランドは凶刃を振りかざしていた。

 ランドの背後でも、リヴァイアサンが排除の実行に移っていた。 


=====================================================


「ノヴム様!?」

「おっ、偶然だねプルム」


 肩を叩かれたプルムが振り返ると、ノヴムが苦笑いを浮かべていた。

 もう一人いたような気もするが、ノヴムしかいない。気のせいだろう。

 

「なんでこんなところに?」

「ああ、それは……」

「あーっ! また、夜遊びしようとしてますね!? いい加減にしなさいっ! ただでさえ家は瀬戸際なのに!」

「まあまあ、こういう路地は女の子には危険だから。大通りに出るに限る」


 小さな肩に手を添えられ、プルムは人通りの多い場所へと押し出された。


(そんな、ノヴム様……って……そんな風に私を意識して……じゃなくて!)


 一瞬乙女モードに入りかけたプルムだったが、説教モードに戻った。

 だがノヴムは、突然夕暮れを指差した。


「あっ! 伝説のドラゴンが飛んでる!!」

「えっ!? どこですか!? どこですか!?」


 キョロキョロとプルムが何もない茜空を凝視する。だが暫くして嘘であると理解した時には手遅れ。

 ノヴムは空気のように、影も形も無くなっていた。


(しまった、逃げられた……!)


=====================================================


 プルムを庇う事に全神経を集中していた。

 故に余裕が無く、“空気銃”で胴体に二つ穴をあけて、路地の奥へと蹴り飛ばすくらいしか出来なかった。

 血の溢れる傷口を庇いながら、無様に逃げ出せるくらいの力をランドに残してしまった。


 追いつく事自体は造作も無いが。


「今、プルムを殺そうとしたよね」

「おま、お前……ノヴム、だと……!? ど、どうなってんだ……」


 昼に会った“ぽんこつ底辺貴族”との高低差に、追い付かれたランドは慄く。

 だが、驚愕はやがて氷結する。ノヴムが懐から、龍の面を出したからだ。


「り、“リヴァイアサン”……!?」

「断罪を執行する。要は死ね殺人快楽者って事」

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