第26話 蝶の変態、蕾の開花
「めんどくさいー」
放課後。
今日は火曜日。
そう、塾の日だ。
火曜と木曜が来る度に思うのだが、なぜ僕が塾に通わねばならないのか?
いや、進路に向けて成績に不安はあるので塾通いが真っ当だという理解はあるんだけど。
そんなことよりも……その…何か有意義な過ごし方があるはずなのだ。
「暗いね〜、スミ〜」
「冷佳もだろ」
いつも通りキラキラ明るい萌乃と、足取りの重い冷佳に挾まれ、憂鬱に歩けば、すぐに塾だ。
「あ!萌ちゃん来たー!」
塾に着くと、萌乃は早速、キャイキャイと女子に囲まれる。
「れ、れ、冷佳ちゃん」
若干、目付きの怪しい男子達が躍進クラスへ向かう曇天極まれりみたいな冷佳の周りをチョロチョロしながら話し掛けているが、あいさつぐらいしてもいいんじゃないかな?と思うぐらい完全無視を決めている。
そして、僕は当たり前のように一人になった。
いや――
「一瞬で一人だな!」
ケラケラと笑い掛けてくるのはここで出来た友人、
「うるさい!お前なんか最初から一人じゃないか!」
僕も笑いながら軽口を返す。
「ひどいわ!」
「可愛くねえよ」
モテない同士、気楽に話もできる。
「今日は?」
科目を聞かれる。
波野はがっつり文系。僕はほんのり理数系だ。
「今日は英語と数学」
「好きだねぇ、数学」
「好きじゃないから、取るんだよ」
「物好きだねぇ」
「うるさいよ」
やんややんや。
軽口をつく間に授業が始まった。
☆☆☆
次は数学。
初回。
僕を恐怖へ突き落とした数学だが、今は違う。
恐怖の元凶だった
彼女は過度のストレスで頭のネジがスーパーノヴァを起こしていたのは、過去の話。
萌乃と冷佳という友達を得たしーちゃんは、落ち着きを取り戻し、地味だが清潔感のある予備校生へとクラスチェンジを果たしている。
僕にも友達はできたし、ちょっとあいさつした後、離れて座れば何の問題もない………
………はずだった。
教室に入ると、空気がおかしかった。
なんかこう……ざわざわというか、ソワソワというかしている。
なんとなくイヤな予感がする。
そっちを見ないようにしながら、友人を探すと、……あからさまに目を逸らされた。
何があった!?
「スミ君♪」
今、変な音符が聞こえた。
「あ、ああ………あ゛っ!?」
思わず声が裏返った。
そこには、夕焼けのように肩甲骨まで真っ直ぐに伸びた真っ赤な髪、目元がぱっちりして、顔の造りがハッキリするメイク、鎖骨とか肩が剥き出しの服。
K-POPアイドルみたいな格好をした、K-POPアイドルみたいな美女がいた。
「えへへ、似合うかな?」
「……塗割さん?」
「え?そこ!?ひどくない?ていうか、何その呼び方。しーちゃんて呼んでよ!」
そう言って笑えば、確かにしーちゃんの雰囲気がある。
「萌ちゃんとか冷ちゃんとかに色々教えて貰ってさ!少しオシャレに目覚めたの!」
少し?
ゴボウがシャインマスカットになったぐらいの変身ですが、少し?
「……どう?」
しーちゃんが上目遣いに僕を見る。
なんか現実離れしている。
ここ、塾だよね?
「あ、うん。すごく可愛いと思うよ?」
綺麗のほうが良かったか?と思ったが、しーちゃんはピカァっと笑った。
「へへ。嬉しい!あ、ここ、空いてるよ!」
そう言って、自分の右隣、真横の荷物を避ける。
「……あ、うん」
いや別の場所に、と断る勇気は僕には無かった。
☆☆☆
隣に座ると、しーちゃんの白さがよく分かった。余り日に当たってないからだろう。華奢だけど、びっくりするぐらい肌が白い。
後、バラのような甘い香りがする。
ノースリーブから出た腕がぴとぴとと僕に当たる。
そのたびに目が合うと、ニコッとする。
なんだこれは!
塾って、すごいことが起こるんだな!
初回とは違うドキドキで、先生の話がなかなか入って来ないが、初回とは違ってちょっと楽しい。
あのときの、胃がキリキリ締め付けられるような恐怖はもう、影もない。
変身を遂げたしーちゃん、すごいぞ!
まさか!こんな所に僕の春があったなんて!!
いや、勘違いかもしれないけど。
いや、勘違いでもいいのだ!
だって楽しいんだから!!
凹むのは後でいい!
だって今が楽しいんだから!!!
「ん?」
そんなしーちゃんは大胆にも、僕の左手を掴むと、机の下へと誘い込み、ぎゅっと握って来た。
緊張しているのか、少し汗ばんだ手。
しかし、少しも不快ではない。
緊張が移ったのか、僕もドキドキする。
チラリと隣を見ると、恥ずかしそうに下唇を噛んでうつむいたしーちゃん。
なんだ、この可愛い人は!
『うおーーー!!』と叫びたくなったその時、グニッと何かが握らされた。
『なんだ?』
ほの温かいのはしーちゃんの体温だろう。
楕円形で小ぶりのマウスのような持ち心地。
マウスのようにホイールのようなものが付いている。
しーちゃんが僕の耳にそっと口を寄せる。
微かに荒くなった息が、耳をくすぐる。
「……好きな時に、付けたり消したりして楽しんでね」
「へ?」
手元を見る。
「……これは?」
何かのリモコン的な雰囲気をイメージさせる機械的な部品だった。
なんか色々ホイールやボタンが付いている。
「私のスマホとリンクしてて電波圏内ならどこからでも操作できるの。強くも弱くも、波長も好きに変えられるから」
「………」
その顔は、どこか見覚えのある、ニチャアと音のしそうな笑顔だった。
「あんまり放置すると、我慢できなくなって爆発しちゃうかも、ね?」
「………」
瞳孔が開いて目が血走っている。
ぶふーっと鼻息が漏れている。
「……ま、また後でね……ヒィっ!?」
何やらもう既に爆発寸前みたいな余裕の欠片もない殺気を浴びて悲鳴が上がる。
「ん?何かな?」
先生が僕を見る。
「……なんでもありません」
蚊の泣くような声で何とかそう返事をした。
おいぃぃ!?さっきまでの甘酸っぱいトキメキはどこへ行きやがったぁああ!?
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