第22話 完璧超人の影で
「オケ先輩、これどうぞ」
「お、あ、うん、ありがとう」
場所は登校口。
靴箱の所。
話し掛けて来たのは、伊人の所属する剣道部の後輩、
渡されたのはお弁当箱。
先日、お弁当を大絶賛したところ、妹さんがとても喜んでくれたらしく、あれから毎日お弁当を持って来てくれている。
もう3日目だ。
「いや、嬉しいんだけど、無理しなくていいからね?」
正直、若干、引いているのだが、作ってしまったものを要らないと言われても困るだろうし、めちゃくちゃ美味しいのも困ったもので、要らないというのが勿体ないというのもある。
結局、微妙な態度なまま受け取ってしまっているんだけど。
「私の分も父の分も作ってるので、一緒らしいです」
「あ、そう?」
軽やかにそう言われるとますます断りにくい。
差し出されたランチバッグ……少しずつ大きくなっている気がする。気のせいか?を受け取ろうとした時、視界の端に何かが映った。
「へぼっ!?」
それが何かを確認する余裕すらなく、僕は何かにぶち当たられた。
いや、何かは失礼だ。
女性だから。
幼馴染や義家族からと、彼女はいない非モテのくせに抱き着かれたり、受け止めたりの経験だけは豊富な僕には当たった身体の感触からそれが女性だと分かった。
いや、なんかこう言うとすごい変態っぽいな。
「ああ!?桶無くん、大丈夫!?」
その女性が僕に謝った。
聞き覚えのある声。
そして、上に乗られても全く痛くなかったその抜群のクッション性能。
さらに、こんなところでコケるドジっ子ぶり。
「あ、大丈夫だよ、チチ…河内」
小動物っぽい見た目なのに一部分だけホルスタインみたいで、肩までの黒い髪の端っこがぴょこんと外にはねた、ブラウスの第二、第三、第四ボタンあたりが弾け飛びそうになっている、下から見ると顔が影になってよく見えないチチハルこと、
今日は靴置きで転んだらしい。
「大丈夫ですか?」
声の方を見ようとすると、シュパッとチチハルの顔が挟み込まれた。
僕が動いたので、チチハルの上体が動いたのだろう。
「あ、うん、大丈夫」
顔は見えなかったが、火具さんは大丈夫そうだ。
ランチバッグを持ってうまくチチハルのおっぱ……チチハルを躱したらしい。
流石、剣道部だ。
「……あの、早く退けた方が?」
火具さんの声は心配そうだ。
何が?と聞き返そうとして理由に思い当たる。
チチハルと僕の位置関係だ。
平たく言うと、チチハルが僕の上に馬乗りになっている。
もっちりした太ももが露わになり、代名詞の巨に……ニックネームの要因となった身体的特徴と並んで、男子からの熱い視線が注がれる――でも本人、天然だからあんまり分かってない――たっぷりしたお尻が、僕のヘソの上の辺りにある。
更に、倒れた先にいたものだから、チチハルのチチハルがむにゅうっと僕の胸板に押し当てられるような格好になっている。
雰囲気が小動物っぽいから童顔なイメージがあるけど、顔を近くでまじまじと見ると、唇とかもプルンとツヤツヤで、実は結構大人っぽい顔の作りをしている。
後、動物系というか、意外と攻撃的な香りがする。
「ふえ?ふわっ!」
チチハルが自分の姿勢に気付いて慌てる。
そりゃあそうだ。朝の登校時間の靴箱で、同級生に騎じょ……同級生に不慮の事故とはいえ馬乗りになっている姿など見られたら、恥ずかしい。
しかも、相手は僕だし。
いや、この場合は僕かどうかは関係ないか。
相手が誰であれ、恥ずかしい。
「ご、ごめんなさい。私、おっぱいが大きいからよく転んじゃっ「Oh!」
変な声が出た。
慌てて僕から降りたチチハルの膝か向う脛かどこかが、僕の先端をかすめたのだ。
「だ、大丈夫ですか?」
もにゅうんと心配される。
「大丈夫。全然、大丈夫!!」
僕は慌てて、取り繕う。
天然で、こう自分の凶器に無自覚なチチハルはなかなかに危険なところがあるのだ。
言われれば目が行ってしまうのは仕方ないと思う。
「いや、しかし、流石、剣道部だね。すごい身のこなしだ」
立ち上がるとへへへっと笑ってごまかす。
立ち位置的に、チチハルがこけた時に近くにいたのは火具さんの方だ。
しかも、僕は横からだったけど、火具さんは後ろからだったはずで。
「私もとっさに避けちゃって。ケガ無いですか?」
「あ、うん。大丈夫。僕は避けられないけど、人にぶつかれるのは割りと慣れてるから」
大体、毎朝だし。
「河内も大丈夫?」
「うん、大丈夫。私はこけ慣れてるから、意外とケガはしないんだよ?」
てへへ、と恥ずかしそうに笑う。
「桶無くんが受け止めてくれたし、でっかいクッションもあったしね」
そう言って、自分の胸を撫でる。
その天真爛漫な姿に、僕と火具さんが苦笑いを浮かべる。
いや、僕の煩悩の塊フィルターを通してみると、とてつもなく卑猥な手つきに見えるんだけど。
「オケ先輩、どうぞ」
改めて、お弁当を渡される。
「あ、うん。ありがとう。でもホントに、負担になると悪いし、僕も気を遣っちゃうからさ、もう大丈夫だよって妹さんに伝えてもらえるかな?」
お!我ながらとてもスムーズに断りを入れることが出来たぞ!
「そうですか?まあ、そうですよね。変ですよね」
火具さんも苦笑いを浮かべる。
「実は妹、オケ先輩のこと知ってるみたいで」
「え?そうなの!?」
そうなんですよ、とまたしても苦笑い。
「なんかいっつも帰り道が一緒になるみたいで」
「……ああ!!」
いるいる。いつも一緒になる中学生ぐらいの女子が。
「あの辺りってあんまり明りないから、いつも後ろ歩かせてもらってるんだって」
そうだったのか。怖いだろうと、早足で歩いてたけど、それなら少しペースを落とした方がいいのかもしれ「え?ストーカー?」
「「!!??」」
いきなり不穏な単語を挟みこんできたのはチチハルだった。
てか、まだいたのか。
「ストーカーなわけないだろ。何言ってるんだよ。たまたまだよ、たまたま」
「たまたまぁ?」
「そう、たまたま」
「たまたまかあ、そうだよね」
「そうそう。たまたま」
「たまたま。たまたま」
煩悩の塊バイアスがたまたまをたまたまと聞き取ってしまう。
たまたま、チチハルが指で何かを弄ぶような仕草をしているからなおさらだ。
たまたまだ。たまたま。
「そっか。意外な縁だね!今度、声でも掛けてみようかな、なんてね」
はははっと意識を逸らすために寒いことを言ってみる。
「あ、それ、喜ぶと思いますよ一人だと怖いみたいで」
「へえ、そうなんだ。僕よければ、いつでも力になるよ! 安全パイのスミって言われてるぐらいなんだから」
双子の姉の方は笑顔で酷いことを言う。
『スミってさ、ほんっっとに安全パイだよねぇ。どんだけ安全なの?ねえ?』
『危険な感じとかぜんっっぜん出さないもんねぇ、ほんっっとに!ねえ?』
ねえ?って言われても困る。てか、ねえ?とか言うなよ。
「何ですか。それ?」
僕のヘタな冗談に火具さんが笑ってくれた。
また話掛けてみるのもいいかもしれない。お礼も直接言いたいし。
こうして僕のお弁当ライフは、約一週間で幕を閉じたのだった。
……ちょっと惜しいことをした気もする。
§§§§
明日はクリスマスイブ!
クリスマスという異世界ファンタジーの文化をテーマにしたSSを書く日です。
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