第17話 受験とは恐ろしいものなり
前回までのお話。
なぜ僕は進学塾に来ているのだろうか?
しかも、親でなく、学校の先輩に命令されてっておかしいと思う。
理不尽だ。
結果的に、ジェレスカ母さんも承認したわけだが。
しかも、先輩2人は特進クラスだった。
そもそも誰もが知る有名大学が十分狙えるらしく、それでいいやって遊んでたから親御さんに塾送りにされたらしい。
理不尽だ。
ちなみに僕は上昇クラスだ。
まだまだ上があるぞ!ということらしい。
やかましいわ!
☆☆☆
「へぇ~、なんかみんな真剣なんだね〜」
僕の隣で辺りをキョロキョロ見回しているのは、
知らない場所が不安なのだろう。
僕の手を握っている。
柔らかい。
柔らかいが周囲の、特に男子からの視線が痛いので、少し放してくれないだろうか?
僕が塾通いを始めると聞いたらしく付いてきた。
情報がダダ漏れだ。
ちなみに妹の
80から90に伸びたら10だけど、10から50まで伸びたら40。4倍の大躍進。
という意味らしい。
泣きそうな顔で今週の甘噛の増量を申し出て来た。
意外と打たれ弱いのだ、冷佳は。
それはともかく、流石は塾だ。
わざわざ勉強をしに来ているだけはあり、授業中の熱意が高い。
みんな真剣だし、先生の教え方も学校の授業と違う。
熱意に中てられ、授業よりも集中して勉強が出来るからか、時間が過ぎるのは早かった。
次のコマは萌乃と違う教科だ。
萌乃は古文。
僕は数学。
理数系だから、というわけではない。
僕は見事に苦手科目がない!
同時に得意科目もない!
なので、どちらかと言えば、理数系を伸ばしておいた方が将来潰しが効くだろうという考え方だ。
別に萌乃と離れたかったとかそういう理由ではない。
萌乃は最初の人見知りはどこへやら、見慣れない制服の女子とわいわいと盛り上がっている。その様子に安心しつつ、僕は次のコマがある教室へと移動した。
☆☆☆
「
数学の行われる教室は、とてもピリピリしていた。
さっきまでの英語と違い、緊張感が溢れている。
これと言って人が襟を開きやすいわけでも、初対面の人に好かれやすいわけでもない僕は、この緊張感の正体を誰かに聞くことも出来ないまま、とりあえず人から少し離れた席へと座った。
教室が少しザワついた。
「
どうしようもなく、それでも授業が始まれば集中できるだろうと、テキストを開いて準備をする。
「……こんにちは……」
手持無沙汰になった僕は、へらへらと笑いながら、一つ空いて隣の席に座る生徒に声を掛けた。
「っ!?」
……ビクッとされてしまった。
失敗した。
何と言うか、独特な雰囲気の人だった。
長い髪というより、伸び放題になった髪という感じのぼさぼさ。
服装も制服ではなくくたびれたスウェットを着ている。
そして、なんか、全身から発せられる余裕のなさ……
……緊張感の正体はこの人か!!
明らかに冗談が通じません、みたいな切羽詰まった感じが溢れてるじゃん!
さっきザワついたのも僕が隣に座ったからじゃん!
勇者(笑)だぜ、アイツ!バカじゃねえの?っていうざわざわだっただろ、絶対!
ま、まあ、授業が始まれば、大丈夫。
きっと。
そんな僕の願いが通じてか、始まった授業はすごく分かりやすく、集中することができた。
……途中までは。
☆☆☆
「ふ……ふ……ふぅ……ん……ふ……」
始まって30分ほど経ったとき、隣から変な声が聞こえた。
何かを堪えているような、鼻から息が抜けるような。
僕は無視を決めた。
「あ……ん……ダメ……これ以上はダメ……あ……ふぅん……ひゅ……」
時間が経つごとに、息遣いが不穏を増す。
『彼氏とのデート中に、彼氏に内緒で、凄いのを入れっぱなしにしてみました』
という不穏極まりない動画のタイトルが頭をよぎる。
僕は無視を決めた。
「はぁ……あっ……ひゅ…ふ…集中しないと……今日はもう三………ダメも……てるし……」
気にしては負けだと思えば思うほど、右側から聞こえる荒い息遣いと、聞こえなくてもいいのに「ぶーん」という蚊が飛ぶにしては低い、しかもモーターっぽい微かな音を耳が拾ってしまう。
先生は熱血タイプの先生で、大きな声で、情熱的に問題の解法について解説をしてくれているのだが、いかんせん、その解説が頭に入ってこない。
「……!?」
我慢できずに、ついちらりと目をやって、僕は激しく後悔した。
どこからか伸びた、ピンク色のコード。
音量調整のメモリのようなくるくる回す部分がある何の強弱を調整するのか分からないコントローラーが左手に握られている。
その指先が動くのに合わせて、音にならない呼吸と、声にならない変な音が微かに漏れている。
更に、机の上で、先生の話をノートに取るはずのシャーペンは、机の上から離れ、書く方ではない方の先端だけが、胸の辺りに必死に何かを書きつけている。
「はあ……すご………きも……いアッ……いぃ……」
しかも、微妙に僕には途切れ途切れで聞こえる音量。
もう一つ隣の席に行けば、何も聞こえないような気がする。
いや、決して僕の耳の集音機能が特定分野だけに優れているわけではないはずだ。
結局、数学の授業は、ほとんど頭に入らなかった。
☆☆☆
「スミ~、
不必要に疲れた僕を訝し気に見る萌乃。
その後ろでは、冷佳がいつもの無表情に疲労を滲ませている。
「どしたの?」
「ん、いや、別に……」
頭を抱えたいのを我慢しつつ、それでもちらりと視線が横をみてしまった。
「うわっ!!」
僕の目に促された萌乃が、お隣さんを見て奇声を上げた。
ビクッとなる。
僕もなった。
「ちょっとアナタ!」
ふんふんと鼻息を荒くして萌乃が近づく。
その後ろを冷佳も一緒に近づく。
まるで自分に怯まないアイドルみたいな見た目の双子を前にアワアワするお隣さん。
そんなことお構いなしにぐいぐい距離を詰める我が幼馴染。
「へえ、
それ以上に常識が大事だよ!!という僕の叫び声は無論、呑み込んだ。
「そうね。可愛ければ結構なんでも許されるわ」
冷佳がうんうんと頷く。
赤点は許されないぞ?という僕のアドバイスも無論呑み込んだ。
☆☆☆
後で聞いたのだが、塗割さんは、現在4浪中で21歳らしい。
おうし座のB型。好きな食べ物はエビ天丼。
開業医を営む親御さんからの凄まじい圧力で、医学部への進学以外認められていないらしく、色々大変なのだそうだ。
なぜこんなことを知ったかと言えば、当然、双子姉妹が仲良くなったからだ。
アイツら怖いものなさ過ぎて怖い。
常似姉妹と打ち解けて、ぜひ常識を……と思ったけど、アイツらも人前で抱き着いたり噛みついたりするしな。
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