第141話 ネルガル召喚
「魂の運び手ネルガルよ。腕が欲しくば我が望みを聞け」
ネルガルの腕に向かって文言を唱えると、周囲の音が消えた。
気温も急激に下がりだす。
――来るな。
ゾワリと背中に冷たいものが走った。
わたしはとっさに
ボロ布を身にまとった巨大なガイコツ。
自身の背ほどの大きなカマを持ち、深くかぶったフード中には青白い炎の目が見える。
――ネルガルだ。
「まだ腕を返すわけにはいかないな。質問に答えてからだ」
「……」
ネルガルの腕は一本欠けたままだった。
さっそく腕を取り返そうと、足元から現れたのだろうか?
あるいはそれが召喚の決まり事だったのかもしれない。
だが、かまうものか。
先に確認せねばならんことがある。
こんなはずではなかったを避けなければな。こちらも、もう後がないんでね。
「ネルガルよ、願いの前に質問だ。我らは先に進みたい。そのカマで扉を斬るのは可能か? そして、斬ったとして、その先にわれらは進めるか?」
あくまでわれらの願いは先へ進むこと。
ワナを発動させて初めてつながる、そういった仕掛けの可能性だってあるのだ。
扉を斬ってしまって先に進めなくなった。なんて目も当てられない。
「……相変わらず警戒心が強いと見える。戦士よ」
ネルガルは一瞬の沈黙の後、そう返答した。
フン、警戒心が強いとは言ってくれるね。
警戒心がなきゃ、ここまで来れてないさ。とうの昔に死んでる。
先ほどもジャンタールで手にしたものに裏切られたばかりだ。
召喚だってどこに落とし穴が潜んでいるかわかったもんじゃない。
「臆病なだけさ」
わたし一人なら無茶もできるがね。
背負うものがあると、誰だって慎重になる。
しかし、あんがいお喋り好きなのか? このガイコツは。
言葉が通じたのは有り難いが、いまは時間がない。
色々と聞きたいこともあるが、まずは先に進めるかどうかだ。
「質問しているのはこちらだ、ネルガルよ。扉の先に行けるか否か。答えてもらおうか」
強めの口調で言葉を続けた。
だが、ネルガルはとくに気にした様子もない。
「可だ。我なら扉の向こうへの道を開ける。だが、そこまでだ。叶える願いは一つのみ。その後は自身の手で切り開くしかない」
「いいさ、それで」
向こうへ行ければ十分だ。
それ以上、望むつもりもない。
ほんとうに一番良いのはセオドアとの対決までネルガルを残すことだ。
セオドア、フェルパ、私以上の力を持った我が分身、いまの戦力では厳しい戦いになるからだ。
だが、そんな誰かの犠牲の上で成り立つ有利など、得る必要はない。
それで、結果的に死んだとして後悔はないさ。
「承知した。扉の先へ進む。それが貴殿の願いでかまわないな?」
「ああ、誰も欠けることなくな」
交渉は成立した。
ネルガルの腕をポンと放り投げると、吸い込まれるように元の持ち主のもとへと収まる。
両腕となったネルガル。
彼は扉へ体を向けると、ゆっくりとカマを振るうのだった。
「開いた……」
リンがポツリとこぼした。
彼女の言うように、ネルガルのカマによって扉はいともたやすく切り落とされた。
その先に見えるのは新たな道。
少し白みがかった、奥へと続く床だ。
「急いだ方がよい。扉はじき修復する」
ネルガルにうながされ、われらは扉をくぐった。
奇妙な感覚だ。
ただ床が白みがかっただけで、景色は変わらない。
周囲を取り囲むのは、幾多の星の海である。
それでも、違う場所へ来たと分かる。
ふと、振り向けば扉は消えていた。
ネルガルの姿も、もちろんない。
「近いな……」
ムーンクリスタルの近くまで来ている。
根拠はないが、そう強く感じた。
「ねえ、パリト。見て」
そう言ってアシューテが胸元からペンダントを取り出した。
そこには、これまで以上に輝くムーンクリスタルの姿がある。
「それは……」
「うわ! えらい光ってる」
ムーンクリスタル全体が強く光っていた。
差し示す光の筋も、より太く濃くなっている。
やはり近い。
ムーンクリスタルだけでなく、旅の終わりが近づいていることを確信するのだった。
※ちょっと短いですが今回はこれで。
あと6~7話で完結します。いましばらくお付き合いのほど、よろしくお願いします。
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