第118話 まだら模様
マズイぞ。
振り返って顔をしかめた。
特大のメデューサは、みるみる近づいてくる。追いつかれるのは時間の問題だ。
やはりこうなったか。
われらは透明の壁と落とし穴を避けて進まねばならない。
だが、メデューサは透明の壁がどこにあるか把握しているのだ、最短のルートを通ってくる。
おまけにあの大きな体。落とし穴をものともせず、上をすり抜けられる。
腹を決めねばならんか。
いずれにせよヤツを倒さねば神殿は攻略できぬ。
戦うのであれば少しでも有利な場所だ。
皆に止まるように指示した。
ここで迎え撃つ!
「リン、シャナ、フェルパはクロスボウの準備を。アシューテは魔法。アッシュは杖を」
あれだけ体が大きければ杖をつかったところで顔は見えまい。
腹の部分を集中的に狙うのだ。
「大将は?」
「わたしは前に出る。やつを引きつける人間が必要だ。とにかく矢を放て。ただ、顔は見るなよ。視線は水平にだ」
尋常じゃないほど巨大なうえに、顔を見ず倒さねばならない。
かなりのムチャだが、やるしかない。
みな、柱の陰に隠れた。
前方に見えるメデューサはどんどん近づいている。
ヘビらしく体をくねらせつつだが、手で柱をつかんで引き寄せるように加速している。
とんだバケモノだな。
この巨大な柱が細く見える。
人の部分だけでもオーガを軽く上回るのではないか?
さて、どう戦うか。
普通に戦っても勝ち目はうすい。
「撃て!」
まずは一斉射撃。無防備の腹に矢がいくつも刺さる。
「こっちだ、デカブツ」
柱の陰から飛びだすと、顔がありそうな場所にスローイングナイフを投擲。
みなから引き離すように前を横切った。
ドゴリと巨大なコブシが床を打った。
一瞬、体が浮き上がるほどの衝撃を感じる。
しかし残念、ハズレだ。わたしを狙ったであろうメデューサの手首を剣で裂くと、そのまま駆けていく。
「ウルルルル」
高い位置から、うなり声が聞こえた。これがメデューサの声か? ネコ科の猛獣に似ているな。
案外かわいらしい顔をしているのか?
確認できないのが残念だ。
またコブシが降ってきた。
バックステップでかわし、すぐさま剣で手首をはらう。
床を血が染めた。
パックリ割れた手首を、メデューサは引き戻していった。
ダメージはどうだ?
かなり深くえぐったが。
――いや、かすり傷だな。あの巨体では大した傷ではない。
「フシュ―」と吐く音とともに生暖かい風が降ってきた。
メデューサの息か。どうやら怒り心頭のようだ。いまごろ、ものすごい形相でわたしをニラんでいるに違いない。
ドスリドスリ。メデューサの体にクロスボウの矢が刺さった。
みなの援護射撃だ。いいぞ。
だが、これもあまり効いていなさそうだ。
おっと。
巨大ななにかの接近を感じ、大きく横へ飛んだ。
その後すぐに、近くの柱がはじけ飛んだ。
しっぽの攻撃だ。
なんという威力であろうか、柱は完全に砕け散り、周囲にガレキが散乱する。
アレをまともに喰らえば即死だな。
命を懸けた鬼ごっこ。童心にかえって頑張るとするか。
柱を盾にするようにメデューサのまわりを回る。反時計回りだ。ときおりスキを見てスローイングナイフを飛ばす。
落とし穴の場所はもう分っている。透明の壁も。
足元を気にせず回避に専念できる。
地図を描いてくれたアッシュに感謝だな。
わずかな時間であったが、このあたりの地図を頭に叩き込めた。
ドスリドスリ。
矢は確実にメデューサをとらえていた。
このまま立ち回れば、倒せる可能性もあるだろうか?
とくにアッシュの炎は効果的のようだ。
杖の炎はそう簡単には消えない。当てれば当てるほどメデューサにまとわりつく炎は増していくのだ。
これが攻略の糸口か?
スローイングナイフの投擲をやめ、かわりに油の入ったビンを投げつけた。
メデューサにまとわりつく炎が、また一段と勢いを増した。
……おかしい。
メデューサに傷を負わすたび、違和感に襲われるようになった。
着実に矢は刺さっている。それに炎も。
だが、メデューサの動きはいっこうに衰える様子はない。
いかに小さい攻撃とはいえ、蓄積すればそれなりになるはずだが。
まさか。
私を捕まえようとメデューサが手を伸ばした。
その手を斬り払いつつ、確認してみた。
――やはり!
最初に斬った傷跡、それがもう塞がろうとしていた。
コイツ不死身か?
あるいは異常なほど回復が早いか。
いずれにせよこれでは倒せんぞ。
やむおえん。距離をつめて剣で斬りかかる。
ヘビ特有のヌメリとした、まだら模様の皮を切り裂き、肉をあらわにする。
そして、もう一撃。同じ場所を剣でえぐった。
一気にケリをつけるしかない。相手が回復するより先に深く傷を!
とはいえ、メデューサもただやられているわけではない。
わたしのみを標的に定めたようで、執拗に攻撃してくる。
しかもだ。自身の長い体を壁として、わたしの退路を塞ぐような位置取りをしているのだ。
だんだんと、かわしづらくなる。
メデューサの胴、高さはわたしの背の倍程度。柱をつかえば簡単に飛び越えられる。
それでも、避けづらいのは確かだ。
胴の幅をせばめて、圧死を狙ってきたりもする。
捕まるのが先か、寸断するのが先か。一か所に集中させた斬撃は、たしかに骨に達しているのだが。
クラリ。
とつじょ視界が揺れた。バランスを崩し、膝をつく。
なんだ? なにがどうなった?
自身の急な体の不調に驚く。
……毒か?
いや、ちがう、これはめまい。平衡感覚が狂っているのだ。
しかし、なぜ?
ふと、目の前のメデューサの体を見て悟った。
表面を覆うまだら模様のその皮膚は、よく見れば人の目のような形をしていた。
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