第117話 メデューサ

 なんてことだ。

 まさかシャナが……。


 ギリリと奥歯を噛み締める。

 よくもやってくれたな、この報いは必ず受けさせてやる。

 スローイングナイフを投擲する。

 しかし、メデューサはまた高い位置へと、逃げてしまった。


「Eye of a storm」


 アシューテの魔法が発動した。

 いいタイミングだ。

 石像となったシャナが風で飛ばされぬようしっかりと手でおさえる。


 暴風があたりを駆け巡った。

 われらを中心として巨大な渦が巻かれていく。

 柱に備えつけられた松明は消え、石像は柱へとぶつかり砕け、砕けた石像どうしがこすれてさらに小さくなって巻き上がっていく。


 メデューサはどうだ?

 柱から引きはがしたか?


 ドゴリ。

 巻き上げられたものたちが、ひとかたまりになって地面に叩きつけられた。


 ――いた!

 メデューサだ。

 石像たちの残骸の中、うつぶせのまま動かない姿がある。

 かなりの衝撃だったはずだ。死んだか?


 ――いや。

 死を願うのではない。殺すのだ。

 剣を携え駆けていく。すると、メデューサが体を起こし始めた。

 やはり生きていたか。

 だが、もう遅い。

 剣を一閃。その首をハネた。


 首筋からブシュウと血が舞った。首がコロコロと転がっていく。

 メデューサの髪は一本一本が小さなヘビ。

 早く逃げねばと、互いが引っ張り合うようにウネウネと動いていた。


 フン、醜悪だな。

 スローイングナイフで追い打ちをかけると、今度は血を流すメデューサの体を蹴り倒した。

 こちらに血を飛ばすんじゃない。最後ぐらいはキレイに死んでいけ。


 さらに心臓に剣を突き入れた。

 ヘビのしっぽが一瞬ビクリと揺れたが、それっきり動かなくなった。


 フン、死んだか。

 ふと見ると、床の血だまりからケムリがあがっていた。

 メデューサの流した血はボコボコと泡立ち、床を溶かしているように見えた。

 メイワクな女だ。血ですら誰かを傷つけようとするとは。


「やったか」


 フェルパが駆け寄ってきた。


「まあな。だが、ハネた首は見るなよ」


 神話ではメデューサの首は死してもなお力を保ち続けたという。


「パリト! シャナが!!」


 声を上げたのはアシューテだ。

 見れば、シャナは寝たまま頭だけを起こしてこちらを見ていた。


 よかった。石化がとけたか。

 メデューサを倒せば、もしや戻るのではないかと思っていた。


「すげえバケモノだったな。よく倒したな、あんなもん」

「喜ぶのは後だ。さっさと出口を探すぞ。シャナ! 立てるか?」


 シャナの体調が心配ではあるが、のんびりと回復を待ってられない。


「まだツラそう。ちょっと待ってあげてよ」

「そうだよ、なにを慌てているのさ? いつものアニキなら体制を整えてからゆっくり進もうって言うとこじゃん」


 たしかにな。

 いつもの私ならそう言っていただろう。

 ワナあるようなこんな場所では焦りは禁物だ。

 一歩一歩着実に進むことが、じつは一番の近道だったりする。

 だが、今回はべつだ。なぜなら――


「アッシュ、石像を見てみろ。元に戻ったやつと戻っていないやつがある」

「え?」


 そうなのだ。

 シャナは元に戻った。そして元々あった石像のいくつかも、生物であったころの姿に戻っている。

 全てではない。それがなにを意味するかだ。


「お、おい。マジかよ、おまえらアレ見てみろ」


 フェルパの指差す先をみる。

 遠くの方、巨大な丸太のようなものが見えた。

 丸太は柱の隙間をぬうように伸びている。片方は長すぎて目視出来ない。もう片方は先端が立ち上がり、松明の光が届かない高さまで伸びている。


「うわわわわ。なにあれ?」

「動いてる!? まさか、あれ、生き物なの?」


 丸太はシュルシュルとくねるようにこちらに近づいてくる。

 その大きさたるや尋常ではない。

 松明の位置から考えて、直径だけでわたしの優に倍はある。

 長さはもはや測りようがない。

 それがこちらに向かってくるのだ。


「ヘビか? あれ」


 動きはまさにへびそのものだが、おそらくヘビではない。

 メデューサだ。それも特大の。

 そうなのだ。

 神話ではメデューサは三姉妹の末っ子。

 二人の姉がいたはずなのだ。


「いったん、引く。アッシュ、先導を!!」


 さすがにあれと戦うのは無謀だ。


「あわわわ」


 アッシュは明らかに狼狽している。

 そりゃそうだ。あんなもの人がどうにかできるシロモノではない。


「アッシュ、落とし穴と透明の壁の位置を把握しているのはお前だけだ。しっかりしろ!」


 あるていどの場所は覚えている。

 だが、地図を描いていたアッシュがもっとも覚えているはずだ。

 それに、明確な役割があれば動揺からは脱しやすい。

 誰も欠けることなくここから出るぞ。


「わ、わかったよ」


 アッシュは地図を片手に走り出した。

 なんとか持ち直したか。しかし、コイツは厳しいぞ。

 透明の壁と落とし穴。このまま逃げきれない。そんな予感がしていた。

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