第96話 ゴブリンの王国
あるていど引きかえしたのち、今度は北よりに進路をとった。
左に弧を描くように進むのである。
これで首無しヨロイを避けられればいいのだが。
念のためゴブリンも召喚する。
まず先に行かせるのである。
これで首無しヨロイだけでなくゴブリンに出くわしても、時間も距離もかせげるだろう。
だが、その後はとくに何にも出会わず、ただ、なだらかな登り道を進むだけであった。
そうして、日もだいぶ傾いていき、どこかで野営地を見つけねばならんと思い始めたころ、視界が一気に開けた。
大地が突如途切れ、巨大な裂け目が姿を現したのだ。
むこうの崖は、空でも飛ばない限り届かないほど遠い。また、その岸壁の隙間からあふれる大量の水が、滝となって崖下へとそそいでいた。
これは……。
崖の下をのぞくと木々が生い茂っており、ところどころ石造りの住居と思わしきものが見えた。
また、岸壁には無数の穴が開き、それも住居のようであった。
これがゴブリンの王国か。
周囲を崖に囲まれ、天然の要塞になっている。
滝から伸びる川は生活用水としてだけでなく、多種多様の植物を育む要因となっているようだ。
なるほどな。
ゴブリンとあまり出会わなかったのはこれが理由か。
王国に近づけば近づくほど出会う頻度は多くなるなずなのに、出会ったのはわずか一度だけ。
おそらく王国の出入り口はもっと西にあり、その近辺に首無しヨロイが陣取っているのだ。
だからゴブリンはあまりこちらにこなかった。
ただ、生首を乗せた杭の設置場所を考えると、首無しヨロイがいたのは最初はもっと南東で、時間とともに距離を縮めているのだ。
潜入するなら悪くないタイミングか。
ゴブリンの注意が首無しヨロイにむいている可能性がある。そのスキをつけば見つかりにくくはなる。
ただ、問題はアシューテがどこにいるかだ。
崖下に広がる地はかなりの広さがある。あの中から探し出すのはそうとうに難しいのではないか。
なにか手がかりはないか。探すための指針みたいなものが。
注意深く観察する。
すると、金属らしきものでできたドーム型の建築物を発見した。
明らかに周囲の建物と違う。素材も精巧さも建築様式も。
立てこもるとしたら、あのような場所だ。
「スゲーなこりゃあ」
そのとき、崖下をのぞきながらフェルパが言った。
「おまえは来たことがあるんじゃないのか?」
たしかに絶景だが、いささかその口ぶりは気になる。
まるで初めて見たようだ。
「あるぜ、一度だけな。だが、そのときはもっと西の方だ。崖もこんなに高くねえし、首のないヨロイがウロついてもいねえ。やっぱ、アンタ、ぼうずの言うようにヤバイやつらを引きつける匂いでも出してんじゃねえのか?」
ヤバイやつらを引きつける匂いか。言うじゃないか、フェルパのやつ。
だが、完全に否定できないのも痛いところだ。
夢で出てきた女、あの女に不興を買ったのは間違いないのだから。
そして、フェルパがこの崖を初めて見たというのも、理にはかなっている。
彼の案内に従って北西を目指していた。そのまま進めば、たしかにもっと西についている。
だからフェルパの反応はとうぜんというわけだ。
だが、なんというか、ちょっとした引っかかりを覚える。
その正体がなにかは分からない。だが、どうにも引っかかるのだ。
それは、いまだけでなくずっと感じてきた。
「ぼうずって俺のこと?」
「ほかに誰がいるんだ?」
アッシュもなにやら引っかかったようだ。
ただ、フェルパの発する違和感ではなく、ぼうずの言葉にだが。
アッシュは野営のとき、私といると強い魔物ばかりと会うと話していた。
それを聞いてのフェルパの言葉である。
「もう大人だよ」
「それはない」
アッシュはみなにツっこまれていた。
たしかに一人前ではあるが、大人ではないな。
「大人ってのは大将みたいにモテモテってこった」
フェルパがニヤニヤしながら言う。
モテることと大人には直接因果関係はないが。
「モテるのは美女だけにしてもらいたいね」
そう返しておいた。
とはいえ、美女は美女でも魔物をけしかけるような美女は御免だがね。
あとロバ泥棒も。
あのセオドアとかいう悪党は、なにが目的か知らんが、われらに付きまとっているようだ。
「美女だけにか。は! そりゃ確かにな」
こうして軽口をたたくフェルパを見るにおかしな点はない。
考えすぎか?
いや、注意をしてもしすぎることはない。
それはフェルパだけに限らないのだが。
「で、大将。どっから降りるんだ?」
そのフェルパから、もっともな疑問がでた。
崖は、ほぼ垂直でとっかかりもない。地面に生える木が小指ほどに見える高さでもある。とてもじゃないが降りて行けそうにない。
ロープを使うにも長さが足りない。降りるならもっと西へ向かわねばならない。
「もちろん、ここから降りるさ」
「ええ!?」
だからこそ、ここから降りるのだ。
誰も降りてこられないと思うからこそ油断が生まれる。
とはいえ、どうやって降りるかが問題だ。
普通の手段では難しいだろう。
「ムリだろ」
フェルパは、そう首を振ったあと、アンタなら可能かもしれないが俺たちゃぜってームリだぜと言葉をつないだ。
「なんだ、忘れたのか?」
あるじゃないか、崖を降りる手段が。
それも、苦労をせず安全で時間もさほどかからない方法が。
「忘れたってなにを?」
「シャナの魔法だ。浮遊の魔法ならば、この崖ぐらいは降りられるのではないか?」
「あ……」
――――――
ゴブリンの王国への潜入は私一人で行う。
潜入したはいいが、どう脱出するかが問題だからだ。
シャナの浮遊の魔法は、術者自身ともうひとりぐらいしか浮かす力がなかった。
大人数でいけば、一度に戻ってこられないのである。
崖を登ること自体は可能だ。魔法で浮かせ、地面を蹴ればいい。
一気に頂上とはいかないが、崖の出っ張りを何度か蹴ればここまでは戻ってこられるみたいだ。
だが、追われていれば、そんな悠長なことはしてられない。
何人かは置き去りになってしまう。
それならば、最初から私一人でいい。
アシューテを見つけたのち、西から脱出すればいいのだ。
皆とは地下四階の階段付近で合流する予定だ。
もし、期日までにわたしが戻らなければ、そのまま彼らだけで街まで戻ってもらう。
「いやよ、わたしも行く」
だが、どうにも受け入れない者がいた。
リンだ。彼女はどうしても一緒に行くと聞かなかった。
「心配か?」
「当たり前じゃない」
相手は数万のゴブリン。
見つかればまず助からない。
「わたしといれば音を消せる」
そうなのだ。
リンの消音の魔法は潜入とは相性がいい。
「それでもだ」
だが、今回ばかりは彼女をつれていくことはできない。
それは、危険だからではなく、彼女に頼みたいことがあるからだ。
「子供あつかいはヤメて」
リンは怒っていた。
自分のことを信用していないのかと。
そんな彼女に話す。
私の考えを。
なぜ残ってもらいたいのかを。
「みなを見張ってもらいたい」
私の留守中におかしな動きがないか、見ていて欲しいのだ。
とくにフェルパ。
というのも、セオドアのことがあるからだ。
やつのこれまでを見ていると、手を出してくるとすれば今だろう。
私と他の者が離れるこの瞬間だ。
セオドアの目的はいまだ不明だが、もっとも可能性が高いのは離反工作。
シャナから仲間を奪ったように、私からも仲間を引きはがそうとしてくるかもしれない。
とはいえ、みながセオドアの言葉に惑わされるとは思えない。
そこで協力者だ。身内からの言葉で切り崩していく。
国でも城でも内側から崩されると案外もろいものだ。
だからこそ、リンを残していきたいのだ。
最後まで私についてくると言った彼女を。
もし、リンがセオドアと通じていたなら、ここは残る場面だ。
ムリに私についてこようとするはずがないのだから。
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