第33話 目利き

 これでほとんどの戦利品をジェムに変えたわけだが、ふとアッシュが持つメイスを換金箱に入れてみた。

 スケルトンから得たメイスだ。もちろん換金するつもりはないが、値段は気になる。


 すると表示されたのは450という数字だった。かなり高い。

 たしかに品質はよさそうだったが、ハンマーが20ジェムと考えるとさすがに高すぎるのではないか?

 

「アニキやったよ。これ魔力のこもった品だよ」


 アッシュはというと、なにやら分かったふうな口をきいている。

 それはなによりだ。だが、魔力がこもるとは、いったいどういう意味なのか。


「アッシュ、それは特別な品なのか?」

「うん、そうだよ。魔力がこもった武器ってのは特別なんだ」


 ほう?

 おとぎ話に出てくるような伝説の武器防具といったところか。

 にわかには信じがたいが……。


「普通の武器とどう違うんだ?」

「ん~、品物によってまちまちだね。凄い役に立つ祝福もあるし、あんまり役に立たない祝福もあるし」 


「祝福?」

「あー、こもった魔力の種類だよ。それを祝福って言ってるんだ」


 なるほど。

 魔力にはいくつも種類があると。

 その効果によってはあまり有用ではないってことか。


「で、そのメイスは結局どうなんだ?」


 それによっては、売って別の武器を買った方がいいかもしれない。


「ん~、わかんない」


 わかんないって、おまえ……。


「だからさ。鑑定してもらうんだよ」

「鑑定?」


 鑑定とやらをすれば祝福の種類が分かるのか?

 どうやって調べるのだろうか。

 その道に精通した者は品物の真偽や良し悪しを見抜くというが。

 

「ウォードマン、これ鑑定してよ」


 アッシュは店主の方に向かうと、カウンターにメイスをのせた。

 どうやら鑑定は店主が行ってくれるらしい。


「呼び捨てにするな、ウォードマンさんだ。でないと受け取らんぞ」


 が、態度が悪いと突っぱねられていた。

 店主は腕組みしたままアッシュをニラんでいる。


「ウォードマンさん。お願い」


 アッシュがそう言い直すと、店主はしかめっ面で受け取るのであった。



――――――――



 ウォードマン店主によると、メイスには確かに祝福が籠っているそうだ。

 種類は浄化。なんでも実体のない者を攻撃できるのだと。


 本当だろうか?

 見ただけで、なぜそんなことが分かるのかと疑問をぶつけてみる。

 すると、換金箱に表示される金額と過去の情報を照らし合わせると分かるとの答えが返ってきた。

 なるほど、過去の事例か。

 祝福は種類によって金額が決まっているのだ。

 武器防具も種類ごとに決まっている。

 だから、差額からなんの祝福かが割り出せるのだ。

 すべての金額を把握しているからこそだな。


「スゲーじゃんアニキ、これでスペクターに仕返しできるよ」


 仕返しか。

 メイスに宿った祝福は浄化。実体のないスペクターを攻撃できると。


「お前らスペクターと戦ったのか? よく死ななかったな。確かにそいつで殴れると思うが、止めといた方がいいぞ」


 ここでウォードマン店主が口をはさんできた。

 どうも忠告のようだが……。


「止めたほうがいい? なぜだ?」

「危険だからだ。スペクターは迷宮でも特別な存在だ。あえて戦う必要はない」


「そうは言ってもな。ジェムを稼ぐには魔物を倒すしかない。襲ってくるならなおさらだ」

「なに言ってんだ。誰から取ってもジェムはジェムだ。危険な相手にわざわざ突っかかる理由がどこにある。鈴鳴らして場所教えてくれてるんだ。とっとと逃げちまえばいいんだよ」


 なるほど。稼ぐのが目的なら、より効率的な相手を選べってことか。同感だ。

 だが、そうは言っても、襲われたら反撃せざるを得ない。そのためには対抗手段が必要だ。

 効率を考えて避けるのと、どうしようもなくただ逃げるのとは大きく違う。


「逃げたさ。だが、奴らは壁をすり抜けて追って来る。迷宮の出口まで一直線だ。そうそう逃げられるもんじゃない。実際、逃げ切ったと思ったら最後につかまり、危うく命をおとすところだった」


 たとえ壁をへだてようとも、奴らは正確に追ってくるのだ。

 おそらく、体温を感じる何かを持っているのだろう。

 逃げてばかりではダメだ。見つけしだい叩く、それしかあるまい。


「お前さん何しでかしたんだ? 普通そこまでしつこく追って来ないはずなんだが。まあ狙われた奴が全員死んでるだけかもしれんが」


 腕を組みながら話す店主。

 ふむ、普通とは違う行動か。

 そいつはちと気がかりだな。


 ――しかし、なんであろうな?

 ここへ来たばかりの私に分かるはずもない。

 

 それとも要因は他にあるのか?

 スペクターだけではない。狂信者やインプが二階にいることも、アッシュは普通ではないと言っていた。

 予期せぬなにかが、いまジャンタールに起こっているのか?


 ――まあ、いい。そこは考えても、すぐに答えは出まい。

 まずはスペクターだ。

 奴に対抗する手段を少しでも多く知っておかねば。


「店主、他に対処法はあるか?」

「う~む、あるにはあるんだが……」


 ウォードマン店主は、なにやら口を濁すばかり。


「いいか悪いかはこちらが判断する。とりあえず知っていることを教えてくれ」

「わかった。実体のないものには銀の武器が有効だ。それも飛び道具がいい」


 なるほど。古来より銀製品は魔除けとされてきた。

 それはおとぎ話の中だけだと思っていたが、魔物がいるジャンタールでは真実なのだろう。

 いや、あるいはジャンタールでの真実が、おとぎ話として世界に伝わったのかもしれんな……。


「心得た。だが、店主。飛び道具がよい理由はなんだ?」


 いくさにおいては、射程が勝敗を決すると言っても過言ではない。

 剣より槍、槍より弓。

 しかし、あの口ぶりでは他にも理由がありそうだ。


「もちろん、逃げるためだよ。攻撃をあてて怯んだ隙に逃げる」


 なんとも消極的な戦術だな。

 それで言いよどんだワケか。

 たしかに触れただけで体温を奪ってくるようなやつをまともに相手にはしてられぬか。


「とにかく気をつけろ。俺が知る限りスペクターを倒した者はいない。銀の武器はもとより、そのメイスも気休めだと思っていた方がいい」


 なるほどな。

 どちらも、あくまで逃げるための時間稼ぎでしかないと。

 店主の忠告にうなずくと、銀の矢じりがついたクロスボウ用の矢と銀のスローイングナイフ数本。そして銀の短刀を買った。

 合計で250ジェム。

 気休めにしては、少々割高だな。

 他にもメイスの鑑定料として2ジェム取られた。

 残った金額139ジェム。アッシュと分けて店を後にした。


 

「では宿に帰るか」


 そんな私の言葉を遮る者がいる。アッシュだ。


「アニキ忘れてないか? これだよこれ。魔法の書」


 彼はインプから得た戦利品を見せてニンマリ笑う。


「いや、忘れた訳ではないが……。それよりお前、使い方が分かるのか?」

「分かるよ。というか、分かる人のところへ行く」


 それだけ言うとアッシュは、背を向けて歩き出した。


 しばらくして着いたのは、武器屋から程近い『MAGIC』と描かれた扉だ。

 ノブをまわし、中へと入る。

 ――暗い。足を踏み入れてまず思ったのが、店内の薄暗さだ。

 武器屋、防具屋などはある程度の明るさが保たれていた。

 発光する壁や天井に加え、ランタンなどの光源が設置されていたからだ。

 しかし、ここは壁や天井が発光せず、部屋に置かれたロウソクのみが明かりとなっているようだ。


「ほう、なかなかおもむきのある場所だ」


 ポツリつぶやくと、あらためて部屋の内を観察してみる。

 部屋の広さは五メートル四方といったところで、木製の棚が壁伝いにズラリと設置されている。

 棚にあるのは、たくさんの本、小さな瓶に入った液体、何の動物かも分からぬ歯とツノ、古びた鏡などだ。

 また、木製の柱にはいくつも仮面が飾られており、柱から伸びるはりには鈍く光る鎖が垂れ下がっている。


 とにかく物が多い。

 棚に入りきらぬのであろう本や紙の束は、床にうずたかく積もれている。


 そんな中、ひと際目を引くものがある。

 中央に置かれた大きめのテーブルだ。そのテーブル上にはシャレコウベと水晶玉らしき玉のみがポツンと置かれている。


 そして、そのシャレコウベの額に灯るのは一本のロウソクだ。その炎は怪しく左右に揺れている。

 その炎はすぐとなりの水晶玉深くに映り込み、まるで外へ出せと踊り狂っているように見えた。


「いらっしゃい」


 甘く官能的な声が響いた。

 見れば部屋の奥、うず高く積もれた本の裏から一人の女が姿を見せる。


 黒く長い髪を後ろに垂らし、不自然なほど体に密着した黒いドレスを着た女だ。

 くびれた腰に、大きく開いた胸元。そこから見える、はち切れんばかりに膨らんだ二つの山。

 なんとも官能的かんのうてきだな。


「ラノーラさん、こんにちは」


 アッシュが挨拶を返すと、女は妖艶な笑みを浮かべる。


「こんにちはアッシュ君、また背が伸びたかしら?」

「えへへ、少しね」


 照れた様子のアッシュ。その耳はみるみる赤くなっていく。

 なるほど、そういうことか。

 邪魔はすまい。

 女とアッシュが世間話を始めたとこで、私は部屋にある不思議な品物の数々を眺めていった。

 目に付くのはどれも用途が想像もつかぬ物ばかりだ。だが、しっかりと値札がついているあたり実用品なのだろう。

 まさか化け物だらけのジャンタールで、観賞品など売れまい。

 

「それでアッシュ君。要件は何かしら? それとも私に会いに来てくれただけ?」


 しばらくして、やっと本題に入ったようだ。

 おっとりとした口調で尋ねる女に対し、「そうだった」とアッシュはカバンの中から書簡を出した。


「あら、これは魔法の書ね。ヒモをほどいてもいいかしら?」


 女の言葉にアッシュは振り返り私の顔色を窺がう。

 いちおう自分の物ではないという思いがあるのか……。私はかまわないと頷きで返した。


 こちらの一連のやり取りを見ていたラノーラは微笑みを浮かべると「では開けるわね」と言い、縛られていた書の紐をほどく。


「なるほど、クラムジーハンドの魔法ね」


 中に書いてある文字にざっと目を通した女はそう言った。


 よくあんな文字が読めるな。

 ここに来る前、中を確認してみたが『clumsy hand』以外はミミズがのた打ち回ったようにしか見えなかった。

 あれが文字か。

 続けて彼女が言うには、この魔法は相手の手を不器用にし、掴むといった行為を阻害するのだと。

 書から学べば、一人だけこの魔法を習得できる。金額は100ジェム。


「どうやって習得する?」

「書に手を乗せ、書かれた内容を読み上げるの」


 私の質問にラノーラは答えた。

 なるほど、100ジェムは解読の金額か。


「売れるか?」


 続けて尋ねる。

 しかし、ここでアッシュがギョっとした顔を見せた。

 まさか売るの? といったところだろう。

 心配するな。金額を確かめるだけだ。


「売れるわ。ここでの買取りは5000ジェム。換金箱なら500ジェムね」

「その差はなんだ?」


「需要と供給ね。魔法の書は皆が欲しがってる。迷宮でしか見つからないから」


 なるほど。

 迷宮に潜るのは探索者だ。戦いに有利となる魔法の書を使わないわけがない。

 売るとすれば重複している時だけ。だから本来の金額以上の高値で取引されるわけか。


「もういいかしら?」

「ああ」


 ラノーラの言葉にうなずく。

 

「それで、どうするの? 売る?」


 まさか。

 ラノーラの問いにアッシュと顔を見合わせ相談する。

 考えられる選択肢は三つ。私が使う、アッシュが使う、保留だ。

 この選択により未来は大きく変わるであろう。慎重に決めねばなるまい。

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