第13話 プリズナー

 目覚めはスッキリとしたものではなかった。

 体のあちこちが痛む。


 どの程度寝ていたであろうか? 立ち上がり、首や肩を回す。

 いかんせんここは太陽がないため、時間の感覚がマヒしてくる。

 果たして、今は昼なのか夜なのか。

 体感では夜だと思うのだが。

 まあいい。まずは情報収集もかねて食堂に足を運んでみるか。


 食堂は多くの人で賑わっていた。プリッツ少年も注文を取るべく、せわしなく飛び回っている。

 食器を運んでいるのは、ふくよかな体型をした中年女性だ。昨日、私にロバを厩舎に連れていくよう、うながした者。

 私はあいている席につく。すぐにプリッツ少年が紙の束を持ってきた。

 紙には、たくさんの料理の絵と数字が描かれている。ここから選べとのことなのだろう。


 私は下に2と書かれた料理を指差す。プリッツ少年は言葉を発さず、ただ、うなずいてパタパタと走っていった。


 しばらく待っていると、中年女性が絵に描かれたのと同じ料理を持ってきた。


「待たせたね、2ジェムだよ」


 彼女が持つ木のトレイには、野菜スープ、焼いたなにかの肉、パンが乗っている。

 スープも肉も湯気を発しており、なかなかおいしそうだ。

 私は懐から2ジェムを取り出すと、そっとテーブルに乗せた。


「あんた、見かけによらずいいヤツだね」


 料理をテーブルの上に置きながら中年女性はそう言った。


「いいやつ? 私が?」


 私はもう、数えきれないほど人を殺してきた。

 私がいいやつなら、世の中のほとんどがいいやつだろう。


「プリッツのことだよ。あの子のこと愛想がないって怒るやつも多いんだ」


 なんだ。そんなことか。

 たぶん、彼は口がきけない。

 身振り手振りでやり取りする姿をみて、そう思う。

 顔はつねに笑顔なのだ。怠慢たいまんで喋らないのではなく、喋れないと考えた方が自然だ。


「病気なのか?」


 生まれもって口がきけないのか、それとも何らかの事情で口がきけなくなってしまったのか。

 たぶん、後者だと思うが、いずれにしても怒ったところでどうなるものでもない。


「すごいね、あんた。なんでもお見通しかい。プリッツはね、少し前によくないことがあってね。それから言葉を失っちまった。まあ、こちらの言っていることはちゃんと理解しているから、気にせず声をかけてやっておくれ」


 中年女性はそれだけ言うと、すぐに仕事に戻っていった。

 なるほど。やはりそうか。

 おそらく精神的に耐えがたい出来事が彼を襲ったのだ。

 だから、言葉を失った。

 だが、今を懸命に生きているのはわかる。中年女性が言うように、気にせず振舞うのがいいだろう。


 さて、私も今すべきことをするか。まずは情報収取だ。

 プリッツ少年も中年女性も、いそがしく飛び回っている。彼らを呼びとめるのは、いささか気が引ける。

 となると、客か。

 食事を口に運びながら、さりげなく周囲に目をむける。


 客の大半は男だ。みな食事と酒を楽しんでいる。

 体格はよい。

 肉体労働、それも荒事あらごとになれている印象を受ける。


 その中の、とある団体に注目した。

 武器を身につけた男たちだ。ひとしごと終えたのだろう、高揚感が抜けきらないのか、酒を煽りながら話す声はしだいに大きくなっていた。


「ひゃはは。あん時の顔、ケッサクだったぜ」

「うるせえよ。お前だってビビッてただろ」


「ビビッてねえっての。真っ先に俺が奴らの頭をカチ割ってやったじゃねえか」

「嘘つけ。最初に槍で刺したのがブルーノだ」


「いーや、俺の斧が先だね。お前、怖くて目えつぶってたんじゃねえのか?」

「何だと! お前こそ目閉じたまま斧振り回してただろ」


 五人でテーブルを囲み、おのおの酒と食事をとりながら会話を続けている。

 主に二人が話し、他の者はうなずいたり笑ったりしており、仲は良さそうに見える。


「しかし、あんなに数がでてくるたぁな」

「全くだ、ネズミみてえにゾロゾロ出てきやがって」

「一個下に下がるだけでああなるとはな」


 今までうなずくだけだった大柄な男が会話に加わる。槍を持っているところからブルーノ呼ばれた男だと予想する。


「ああ、危なかった、数が増えるだけであんなに厄介だとは」

「おかげで結構稼げたぜ、黄色持ってた奴もいたしな」


 その後も彼らは笑いながら酒と会話を楽しんでいた。

 内容から察するに、化け物退治で生計を立てているのだろう。


 彼ら以外の客も似たようなものだ。

 武装していないものの、戦いに身を置く特有の匂いがある。


 ここには普通の労働者と思わしき者がいない。

 なぜだろうか? 兵士の宿舎でもあるまいに。


 酒場には、通常さまざまな職業の者が集まってくる。

 猟師や農家や職人といったものもだ。

 だが、それらの姿が見えない。

 ここで働く者以外、戦いに特化した者ばかりなのだ。


 やはり太陽が関係しているのではないか。

 ジャンタールではいまだ太陽がのぼる気配がない。

 これまでも、これからもずっとのぼらない可能性がある。

 太陽なくして植物は育たない。生産者がいなければそれをあつかう加工業も成り立たない。

 おおよそモノづくりというものが、ここにはないのではないか?


 だからこそ不思議だ。

 物資はどうやって補給している? 米や麦なしでどうやって酒をつくれる?

 化け物相手に稼ぐ手段も気になるが、そのあたりも知る必要があるだろう。

 探索には物資が不可欠だ。

 まずは街を探索し、施設と住人の把握に努めるとしよう。


 食堂を出ると、宿泊の受付カウンターに向かい、滞在の延長を申し出る。

 対応したのは昨日とおなじ女だ。名前はシャローナと言うらしく、とても物腰がやわらかいのが好印象だ。

 ひとまず私は、もう一日分の宿泊費を払うと、物資の補給ができそうな施設について尋ねてみた。


「ここを出てすぐに色んな店がありますよ。保存食を売っている店から、武器、鎧まで」


 出てすぐにとは、巨大な水瓶があった場所だろうか?

 いや、あそこから入ったとき裏口から入るなと言われた。玄関はべつにあるのだろう。こんどは場所をたずねてみる。


「玄関口はうしろを右手に曲がっていただければすぐです。ですが、今から出かけるのですか? 夜は地下から魔物がでてきて危ないですよ。あ、戦士さんには余計なお世話でしたね。ごめんなさい」


 シャローナは軽く頭を下げると済まなさそうな顔をしたが、すぐに笑顔に戻る。表情が豊かな娘だ。

 しかし、やはり今は夜か。それにしても太陽なしで時間をどの様に把握しているのであろうか?


 無意識の内に言葉が漏れていたのであろう、私の呟きに彼女が反応する。


「やっぱり外からの人でしたか。表のお店で時計を売ってますよ。ただ高いので、普段はみなさん星を見て時間を把握してますね」


 星か……時間と方角を知るのに星は有効だが、ここジャンタールでは配置が違う。

 星で判断するなら、誰かに習わねばいけないだろう。


 しかし、ここジャンタールとはなんなんだろうな。

 外から来た我らにとっては伝説の都市だが、そこに住まうものにはどう映る?

 その疑問をシャローナに投げかけてみた。

 

「ジャンタールとは何かですか? ……難しいですね。私はここから出たことがないので、他と比べようがないんです。外から来た人の中には牢獄って言う人もいますね。この街にも牢屋はありますけど、正直意味がよく分かりません」


 彼女はうつむき加減で言った。その心は悲しみではなく戸惑いだろうか? 何ともいえない感情の揺らぎを感じる。


 ふむ、外の世界を知っている者にとっては牢獄に映るが、彼女にとってはここが全てなのであろう。知らなければ牢獄とは思わないということか。

 いずれにせよここから出るのは簡単ではなさそうだ。

 バラルドは財宝を持ち帰ったというが、さて……。

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