第11話 セオドア

 ロバを連れて遠ざかるセオドアを追う。

 こちらの気配に気づいたのであろう、セオドアは振り返り眉をひそめた。


「チィ~」


 舌打ちだ。やはりこの男、故意にこの宿屋へと誘導したな。

 ロバが目的だったか、あるいは私の荷物か。

 どちらにしても私の死を願っていたことに間違いはない。


「これはピーターパン殿。夢の世界から帰っておいでかい?」


 しかめた表情から一転、セオドアは口元に笑みを浮かべると、尊大な態度でそう言った。


 コイツは他人をハメて、利を得ようとする油断ならない男だ。

 このようなヤカラは、早めに処分しておくに限る。

 間合いをはかり、切りかかる隙をうかがう。


「おいおいおい、チョット待てよ。ロバを助けてやったんじゃねえか。感謝こそされ、切りかかるなんて事は――チ~ット乱暴すぎやしねえか?」


 こちらの殺気を感じたのだろうセオドアはそう言った。


「ふん。よく回る舌だな。だがキサマが故意にここに誘導した事実は変わらない。ロバを盗もうとしたことも」

「ハア~、俺が教えた宿屋はもっと先だ。まさか、こんなところで油売ってるなんて思いもしねえよ。それでも助けてやろうとしたんだゼィ。だが、どうやっても扉が開かねえ。しゃーねえから、ロバだけでも連れ出してやったってワケよ」


 恩人を殺そうとするとは酷い奴だ、などと肩をすくめるセオドア。

 この男、いつの間にか被害者面をしている。なんとも、ふてぶてしい。こんな奴を生かしておく必要はない、ここでしとめるべきだ。


 が、もう少し喋らせてからのほうがいい。殺してしまっては情報が得られない。

 この手の者は本当の中に少しだけウソをまじえる。そのほうが見分けがつきにくいからだ。

 逆をかえせば有益な情報も多い。だから喋らせる。


「では、なぜオマエがここにいる? そして、ここはなんだ?」

「そらまあ、心配になったからよ。ここは夢の館っつってな、サッキュバスが根城にしてる危険な場所だ。それを伝え忘れたから、ワザワザ追っかけてきてやったってこった」


 ふん、しらじらしいウソを。

 こちらの死ぬタイミングを見計らっていたのはあきらかだ。

 自分では手をくださない。卑怯なヤリ口だ。


「そうやって死体から身ぐるみ剥いでいるワケか。まるでハイエナだな」

「オイオイオイ、ひで~こと言うな。ちょっと伝え忘れただけじゃねえか。それにな、荷物は有効活用だよ。死んだら使えねえだろ? ロバだってそうだ。飼い主がいなきゃ飢えるだけだぜ」


「なるほど。ならば持ち主が現れたんだ、ロバを返してもらおうか」

「もちろん、いいぜ」


 セオドアは手綱から手を離した。


「しかし、アンタずいぶんと悪運が強ぇんだな。大抵の奴ぁ、寝たまま干乾びちまうゼ」

「ずいぶんくわしいな。まるでそうなっていく姿を何度も観察していたみたいだ」


 やはり故意か。

 ジャンタールにきた者の何人が餌食にあったのだろう。


「ハハッ! そう怖え顔すんじゃねえよ。アンタの体からは死の匂いって奴がプンプンするぜ。そんな奴の相手をするほど俺は……暇じゃないんでな!!」


 言うが早いか、セオドアの手から何かが放たれる。

 それは漆黒の刃。暗器か。

 距離は数メートル。かなりの速度で迫って来る。が、この程度かわすのは造作もない。


 黒い刃を首をひねって避けた。


 が!! 驚愕する。

 新たな刃が私の胸元に迫っていたからだ。

 いつ投げたのか、それは先程の刃とほとんど変わらぬ軌道を描いていた。


 とっさに剣で弾く。同時に二本投げたのか? 一本目の影にかくれ飛ぶ、二つ目の刃。やはり手練れ……。


 だが、驚くのはまだ早かった。 

 目に映ったのは、三本目の刃だった。完全に姿を隠し、飛んできた。

 刃の向かう先は脚。――これは避け切れん。


 黒い刃は私の脚に刺さると、キンと音を立てた。 

 危なかった。私のブーツは鉄板入りだ。このぐらいでは効きはしない。


 しかし、なんたる早業。そして、相手の視線を遮るようにして飛ばす三つの刃。

 並みの腕ではあるまい。やはり油断のならない男だ。サッキュバスなんぞより余程手ごわい。


 気づくとセオドアの姿は消えていた。投げると同時に逃げていったのであろう。

 

 カポカポと音を立ててロバが近づいてくる。優しく体をなぜると鼻を擦りつけてきた。

 危険な目に合わせてしまった。ここは閉鎖された場所だ。私が思っているよりロバは貴重なのかも知れない。

 今さらながら、旅を共にした相棒にもっと注意を向けるべきだったと反省した。



 さて、次に向かう場所だが、このまま進み宿を見つけるべきだろうか?

 セオドアの言葉だ、この先に本当に宿があるかわからない。

 奴が罠を張っている可能性もある。

 しばし考えるも、いずれ街の探索はせねばならない。やみくもに進むよりも、少しでも可能性の高い道を選ぶべきだと考え、このままむかう事にした。



 歩いていると、道はふたつに分かれた。

 どちらへ行こうかと思案する私の耳に、わずかな音が入ってきた。


 トポポポポ。

 何であろうか? 水をためる時の音に似ているようだが。

 どうも前方から聞こえている。私の足は自然とそちらに向かっていった。


 さらに道は左右に分かれていた。

 左を見れば行き止まりとなっており、壁にドアノブらしき物がついている。

 そして、右の道はというと……何だこれは!


 不思議な光景に息をのむ。

 通路の先は少し開けた場所となっており、その真ん中に巨大な水瓶みずがめが浮いていたのだ。

 水瓶を固定するものなどない。その身一つで浮いている。

 また、その水瓶はやや傾いており、そこからとめどなくあふれる水が、くぼんだ地面に放射状の水路をつくっていた。


 明らかに水の出る量と水瓶の容量があっていない。およそ自然の摂理を無視している。

 しばらくあっけに取られて見ていたが、急に喉の渇きを覚えた。

 大量の水を見たせいだろうか。



 不意に手綱が引かれる。ロバが走り出したのだ。

 ロバはグイグイと私を引き、水路の一つで立ち止まる。

 それから、クンクンと匂いを嗅ぐと、止める間もなく水をゴクゴクと飲みだした。


 慌てて手綱を引き、飲むのをやめさせる。正直、何が入っているか分かったものではない。

 先ほど館で井戸水を飲ませておいて、何を今さらとも思わぬでもないが、用心に越したことはない。


 飲むのを中断させられたロバは、こちらを向くと「何してんだ、離せよ」といった顔で見てくる。

 大丈夫なのか? 飲めるのか?

 心配する私をよそに、ロバは明らかに不満げな表情だ。

 しかたがない。知らんぞ、自己責任だぞ、と呟いて引く手綱をゆるめる。


 再び水を飲み始めたロバを横目に、辺りの様子を探ってみる。

 どうもこの辺は人の気配を感じる。何というか、人が頻繁に往来する形跡が見て取れるのだ。

 足跡、地面についた傷とこすれ。


 また、周囲の壁には、いくつかのドアノブと、その上に掛かるプレートを見つけた。

 プレートに描かれているのは、いずれも読むことができない。

 適当に選ぶか。

 しばらくロバの様子を観察し、異常がないことを確認すると、『INN』と描かれた扉を開けてみた。

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