第10話 悪夢の終わり

 老婆にトドメをさすべく食堂へもどる。

 だが、そこに老婆の姿はなかった。

 大量の血と、彼女の下半身だけが残されていた。


 テーブルにはさまれてちぎれたか?

 だが、上半身はどこだ?

 

 部屋のすみには横転したテーブル。あの重さをよく動かせたものだ。

 大男の手をかりたか。

 だが、その傷では助かるまい。


 老婆の下半身をまさぐり玄関の鍵を探す。

 しかし、見つからない。

 ならば上半身の方か。


 と、そのとき。奥の暗がりから大男が姿をみせた。

 肩ぐるまをするかのように、老婆を上にのせている。


 ――いや、ちがう!!

 のせているのではない。すげかわっているのだ。

 なんと、大男の首があるべき場所に、老婆の上半身がおさまっていた。


 融合している?

 まさか、そんなことが可能なのか!?


 だが、それを証明するかのように、老婆の手には大男の首。

 コイツはとんだバケモノだな。

 もはや人ではない。いや、人どころか生き物ですらない。


「キヒャー」


 バケモノが不快な叫び声を上げた。老婆の上半身に無数の目が浮かぶ。

 なんと醜悪な。


 しかし、私はバケモノに向かって駆けだした。

 戸惑っている時間はない。じきに大男の集団が押し寄せてくるだろうから。


 距離をつめる。だが、バケモノは私を迎え撃つべくハンマーを振る。

 ぎこちのない動き。大男の体を完全に制御できないと見える。


 しょせんは借り物の体か。

 私は旋回しハンマーをかわすと、バケモノの片腕を切り落とす。

 ゴゴンとやつが持っていたハンマーとともに地面を打ち鳴らした。

 トドメだ。

 背後に周り、老婆の頭部めがけて剣を突く。


 だが、老婆の方が早かった。

 針のように尖った舌を、私の顔めがけて伸ばしてきたのだ。


 やるな。

 体をそらし舌をかわす。それから剣を舌に沿わすように引き戻すと、老婆の尖った舌はスパリと切断された。


 老婆は顔をしかめる。だが、体に浮かぶ、いくつもの目玉でこちらをニラんできた。

 この程度ではひるまぬか。ならば、その体をバラバラに引き裂いてくれよう!


 ムッ!

 先ほどまでは老婆の体にのみ浮かびあがっていた目玉が、大男の胸にまで広がっているのに気がついた。

 まさか取りこんでいるのか? もうじき大男の体を完全に支配すると?


 急げ。

 バケモノのもう片方の腕を切り落とす。これで守るものはない。

 こんどこそ。

 老婆の顔めがけてふたたび剣を突く。

 が、こんどは老婆は自身の両腕を交差させ、それを防いでしまう。


 ――硬い。

 まるで鉄を突いたかのような感触におどろく。

 切り刻むのは、なかなか骨が折れそうだ。


 ならば、下半身を狙う。

 刈るように脚を蹴り払うと、バケモノは体勢を崩し仰向けに倒れた。


 素早くハンマーを拾う。そして、渾身の力で老婆の顔めがけて振り下ろした。


 メキリ。

 かばおうとした老婆の腕もろとも頭部をたたきつぶす。


 手ごたえあり。腕が折れ、頭部がひしゃげているのがわかる。

 もう一撃、さらに一撃。

 何度もハンマーを振り下ろす。

 もはや老婆の体は原型を留めていない。

 もういいだろう。

 ここでやっと手をとめると、周囲の状況をうかがった。

 何人もの大男が食堂へ雪崩れ込んでくるところだった。


 一足遅かったな。

 自分の体を軸にして、遠心力でハンマーを大男の集団へと投げつけた。


 ドンピチャど真ん中。

 ハンマーが命中した大男は、周囲を巻き込みながら吹き飛んでいく。


 トドメだ!

 追撃すべく息を吸う。

 が、ふと大男たちの様子がおかしいことに気がついた。

 鼻をヒクつかせながら、キョロキョロと辺りを見回しているのだ。


 こちらの位置を見失った?

 なぜだ? 今までまるで見えているかのようにこちらを追跡していたはずだが。


 いや、まてよ。

 えぐり取られた目。老婆の体にうかぶ無数の目玉……。

 ――もしや老婆が彼らの目となっていたのか?


 ならば老婆がいなくなった今、大男など取るに足らん。

 気配を殺し、そっと忍び寄る。


 そのとき、ふと脚が引っ張られるような感覚があった。

 見ると触手のようなものが伸び、私の脚に巻き付いていた。

 触手の先を目で追う。いきついたのは床に転がっていた老婆の下半身だった。

 チッ、なんて生命力だ。

 どうやら下半身だけでも生きられるらしい。

 

 老婆の下半身がビクピクと痙攣しだした。そして表面がうねり、いくつものシワが出来る。

 何だ? このシワ。人の閉じたマブタにそっくりだ。


 そう思った瞬間、いっせいにシワが開き、中から人の目玉が姿を現す。

 それから数回、瞬きすると私を見た。

 マズイ! 慌てて大男を確認すると、先程までバラバラの方向を向いていたにもかかわらず、その顔は全てこちらに向いていた。


 触手はさらに伸び、シュルリシュルリと私の体に巻き付いてくる。それから凄い力で引っ張りだした。

 どうする? 周囲には巨大なハンマーを持った大男ども。

 優先すべきは……。


 私は老婆の下半身にむかい、間合いをつめた。

 絡みついている触手を、引っ張るようにして加速する。

 そうして老婆の下半身まで一瞬で到達すると、足で踏みつけた。


 ゴキリ。

 骨が砕ける音がした。さらに踏む。

 ゴキリ、ゴキリ、ゴキリ。

 何度も踏んでいると老婆の下半身は、動かぬ肉塊となった。

 こちらに向かってきていた大男も足を止める。


 ドロリドロリと、老婆の体が溶けていく。黄色い宝石を残して。

 大男たちも同様だった。

 巨大なハンマーと宝石を残し、床に染み込むように溶けていく。


 ふう、倒したか。この宝石はジェムと言っていたな。

 ここでの通貨になるはずだ。


 大きく息を吐くと、足元に転がるジェムを拾いだす。

 金なら持っていて損はない。


 しかし――

 ん? なんだ、視界が歪む。

 ふいに周りの壁が歪んで見えた。毒か?


 いや、違う、溶けているのだ。建物全体が。

 落ちていたハンマーがズブズブと床に沈んでいく。

 巨大なテーブルもだ。そして、私の足も。


 いかん、飲み込まれる!

 出口に向かって走り出す。

 途中、可能な限りの宝石と、ハンマーを一振り拾う。

 足は止めない。猛スピードで走り続ける。

 速度を落とすと足が沈む。前へ前へと足を動かすのだ。


 やがて玄関扉が見えた。

 こちらもやはりドロドロと溶け始めている。

 まるでヘドロだな。このまま待てば、いずれ溶けてなくなるだろう。

 だが、悠長ゆうちょうに待っているヒマはない。扉より先に、床も天井も溶けて崩れる。


 スピードを保ったまま、ハンマーを投げる。


 ボコリ。

 ハンマーは見事命中、ヘドロを撒き散らし扉をつき抜ける。


 いまだ。

 渾身の力で踏み込むと、ハンマーで開いた穴へと飛び込む。


 ガリリ。

 地面に肩をこする。

 そのまま衝撃を逃がすようにゴロゴロと転がる。

 屋敷を抜け出せたのだ。


 危なかった。

 振り返ると屋敷は、おのれの重みに耐え切れずベチャリと潰れ、やがて、溶けて地面へと染み込んでいった。


 人食いの館か。あぶなかったな。もうすこしで私も餌食になるところであった。


 ……そうだ、馬小屋はどうなった? 私のロバは?

 ここまで旅を共にした相棒の存在を思い出し、馬小屋があった方を見た。

 すると、ドロドロと溶けている馬小屋らしきものが目に映る。間に合わなかったか!


 その時、動物の鳴き声が聞こえた。


「ブバァーッ」


 私のロバだ。

 沈みゆく馬小屋の影に紛れるように、遠ざかる姿がある。

 だが、ロバだけではない。

 その手綱を引く男がいる。

 あれは……セオドア!! 酒場で出会い、この場所を教えた男だ。

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