第8話 盲目の狩人

 部屋をでた。

 ――が、その瞬間。そこには、ぼさぼさ頭の女がいた。

 長い舌からヨダレを垂らしており、こちらと目が合うと歯を剥き出しにして笑う。

 しつこい奴だ。


 横なぎの剣を放つ。

 女の頭がコロリと床に落ちた。


「イヒヒヒ」


 転がった首は嫌らしく笑った後、ドロリと溶けて青い宝石を残した。


 ガン、ガン、ガン。

 背後で何かを打つ音がする。

 見るとクローゼットがわずかに開いており、その隙間から青白い手がのぞかせていた。

 扉を開こうとしているのであろう、前方のベッドと衝突し、ガンガンと音を立てている。


 残念だったな。

 こんな事もあろうかと、ベッドでふさいでおいたのだ。固定のため、ベッドの足を床にめり込ませてある。

 開けるのは無理だな。好きなだけそこでかくれんぼしときな。


 下り階段へと向かう。

 隙間がお気に入りの化け物だ、物陰に注意せねばなるまい。


 が、階段の前で足を止めた。

 なぜなら、目の前にあるのは上り階段。下りのはずが、上りになっていたのだ。

 どうなっている?

 わたしをここから出さない気か? ずいぶんと気に入られたものだ。

 人間ならまだしも、化け物になつかれるのは御免被ごめんこうむりたいね。


 さて、どうするか。

 このまま階段を上るか、引き返して反対側を進むか、他の客室を調べるか。

 素早く決断せねばなるまい。


 ――階段を上ることにした。

 十五の段差を乗り越え踊り場へ。クルリとターンし、また十五段。これで上の階だ。

 はてさて、今いる場所は何階なのだろうか? あるはずのない三階か?

 注意深く観察しながら廊下を歩いていく。以前と変わらず似たような景色が続く。


 扉に付いているプレートを見る。

 201、202、203……そして、216と書かれた扉を見つけた。

 しかも扉は開き、わずかに開いたクローゼットと、それ以上開かぬように前に置かれたベッドがある。

 同じ場所か。三階ですらなく、また二階へ戻ってきたのだ。


 ならば反対側だ。

 そのまま部屋を通り過ぎていくと、230の部屋番号を最後に反対側の階段へと行き当たる。

 見えているのは、下り階段。

 今度はいけるか?


 ――いや。

 このまますんなりいかぬことは、容易に想像できる。

 謎を解かねばならない。

 カバンからオレンジを取り出すと、足元に置き、階段を下りていった。


 階段の折り返し地点、踊り場で立ち止まる。

 振り返れば上り階段と下り階段が見える。

 とうぜん、降りてきた上り階段にはオレンジがある。

 そして、もうひとつの下り階段だ。

 なんと奇妙なことに、そちらにもオレンジが見えたのだ。


 こいつはまさか……ループしてやがるのか!?


 上ろうが下ろうが同じ場所にでる。

 クソ、どうする?

 このままでは脱出は不可能だ。別の出口を求め、部屋をしらみつぶしに調べていくか?


 そのまま階段を下る。

 置いたオレンジは、そのままにしておく。目印だ。

 目の前には230と書かれた部屋。まずはここから調べ……。


 トントン。


 ノックの音だ。それも近くで聞こえる。

 どうも230の部屋からのようだ。


 部屋の中からノック?

 何なんだ? ドアノブに手をかける。


 ――開かねえ。

 ノブは回りきらず、ガチャガチャと音をたてるのみである。

 フザけてんのか。ノックしといて開かないとは。

 ……どうする、蹴破るか?


 などと考えていると、ガチャリと音がして扉が開いた。

 中にいるのは大男。それも一目で異常と分かるいで立ちだ。


 頭をかがめねば扉を通れぬほどの巨体で、上半身は裸。異様に盛り上がった筋肉に血管が浮く。

 喋る事が出来ぬよう『口枷くちかせ』が付けられ、目には視界すらも奪う包帯がまかれていた。


 コイツは、かなりの変態だな。

 後方へ距離をとると、大男も部屋から出てきた。


 やはりこちらの姿は見えていないのか、大男は鼻をヒクヒクさせながら周囲をうかがっている。

 その手には巨大なハンマー。並みの人間では持ち上げることすら難しそうなシロモノだ。


「どうした? モチでもつきに来たか?」


 私の声に大男が反応した。

「むぐ~」と、くぐもった声を発すると、ハンマーを振り上げる。


 やはり敵か。

 だが、遅い。

 大男がハンマーを振り下ろすより先に、その足を斬りとばす。

 バランスを崩して倒れ込む大男。苦痛の叫び声あげる。


 フン、どんなに怪力であろうとも、目の見えぬ者など物の数ではない。

 トドメの一撃を繰り出そうと剣を振り上げる。だが、またもや聞こえてくるのは、あの音。


 トントン。

 音の出どころは、おそらく229と書かれた扉。

 しゃらくせえ。一匹増えようが同じこと。


 剣を振り下ろそうとする。

 ――だが、止めた。

 いや、そうじゃない。この選択は誤りだ。

 嫌な予感がした私は、すぐさま走りだした。

 と、同時に229の扉が開き、大男が現れる。


 トントン、トントン、トントン、トントン。


 ノックの音の大合唱だ。

 ガチャリ、ガチャリと扉が開き、中から次々と大男が現れる。

 やはりそうか。

 彼らをかわし、廊下を駆け抜ける。部屋の扉は209、208、207……。


 前方の扉からも大男は出てきた。挟み撃ちはまずい。動きを止めず横をすり抜ける。

 振り返ると、大男の数はすでに何十にもなっていた。

 さすがに数が多すぎる。


 やがて階段へと到達する。今度も下り。

 だが、どうせ同じことだろう。

 謎を解かねば堂々巡りだ。


 再びオレンジを取り出す。

 こいつが鍵だ。

 階段から落とし、その軌跡きせきを確認する。

 

 オレンジを転がす。

 トントンと音を立てて、オレンジは階段を転がり落ちていく。

 そして、踊り場の壁にあたり……。

 ――いや、そのまま壁の中へとオレンジは吸い込まれていった。


 あそこが出口か!

 振り返れば、すぐうしろに大男の大群。

 もう猶予ゆうよはない。

 私は壁に向かって階段を駆け下りた。

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