第6話 内部探索
『PUB』と描かれたプレートと、ノブらしきもの。
どう考えても、これはトビラだ。
思い切ってノブをひねってみると、たいした抵抗もなくトビラは開いた。
これは……。
中は部屋になっていた。石組みの壁が四方を囲む。
また、天井も石組みで、大きな木の梁によって支えられている。
梁から垂れ下がるのは、鎖でつながれた燭台だ。
ゆらゆらと揺らめく五つのロウソクが、自身の影を床に落としている。
そしてなにより、床にところ狭しと並ぶのは、木で作られたイスとテーブルだ。
まさに、よく知る酒場そのものだった。
どうなっている……。
最奥のテーブルには、突っ伏して動かない男がいる。
骸骨ではない、人間の男だ。
生きているのか?
耳を澄まし、気配を探る。聞こえてくるのは、わずかな呼吸音。
よく見れば、男の肩が動いている。どうやら睡眠中のようだ。
さて、どうしたもんか。
ここから見る限り、男は武器を持っていない。
情報を得るためには話しかけるべきだが、素直に話しかけてよいものか。
敵か味方か、はたまた中立か。
私はわざと音を立てて進むと、男の姿がよく見える場所へと腰かけた。
それから水筒、食料を取り出しテーブルに並べた。
男はいまだ起きる気配がない。規則正しい呼吸を繰り返すのみである。
つぎに水を飲み、干し肉、パンをかじる。
まだ男は起きない。
今度はポケットからオレンジを取り出すと、――男めがけて放り投げた。
回転しながら、飛んでいくオレンジ。
そのまま寝ている男に命中する……かに思われたが、突っ伏したままの男は、スルリと手を伸ばし、オレンジを受け止めてしまう。
こいつは手練れだな。
男は顔を上げる。
酔っているのか、赤ら顔でこちらに鋭い視線を向けると、男はガブリとオレンジに齧り付いた。
「ヒック、お近づきのプレゼントにしちゃ、ずいぶん荒っぽいじゃねえか」
ロレツの回らない口調で話す男。本当に酔っているのか演技か分からないが、油断のならない人物のようだ。
酔っ払いの噂にしか過ぎなかったジャンタールで初めて会った住人が酔っ払いというのも、なかなかシャレが効いている。
「呪われた街、ジャンタールへようこそ! 勇気ある訪問者に乾杯!!」
続けて話す男の言葉は芝居がかった口調であるものの、目の奥は笑っておらず、その視線はこちらを値踏みするかのようである。
鼻持ちならない男だ。が、今のところ敵意は感じない。
手持ちの食料を少し分けて、情報を引き出そうと試みる。
「ありがとよ。俺の名前は、そうだな……セオドアだ」
偽名らしきものを名乗り、くちゃくちゃと音をたてて干し肉をかじる男は、色々と教えてくれるという。
そいつはありがたい。
ならば私はテーブルマナーを教えてやろうと言うと、顔をしかめられた。この冗談はお気に召さなかったらしい。
彼が言うには、ときおり外から人がやって来るのだそうだ。
特に最近、数が増えており、こうして説明役をかってでてるのだと。
ならばと、女に連れられた団体が来なかったか聞いてみた。
男は首を横に振った。
なるほど。シャナは来ていないか。
「セオドアと言ったな。この宝石がなにか分かるか?」
そう言って見せたのは、ここに来る途中、骸の頭部を割って出てきた青色の宝石だ。
ここがジャンタールならば、これはムーンクリスタルかと淡い期待もなくはない。
「ほ~う。ジェムか。青だから1ジェムだな」
セオドアの説明によると、ここでの通貨は色分けされた宝石であり、さきほど拾った青い宝石が1ジェム、黄色が10ジェム、赤が100ジェムだ。
とうぜん、ムーンクリスタルではない。
そして、肝心の使い方は……。
「ちょうどここは酒場だ。まあ見てな」
そう言って壁際へと歩いていくセオドア。
壁には様々な図柄の食べ物、飲み物が描かれており、彼は上部の小さい穴に宝石を入れてから、その図柄の下にある突起を押した。
ポーン。
奇妙な音と共に、絵と寸分違わぬ食べ物が出てくる。
これは!
……何とも不思議だ。
正直どうなっているのか
「さて、こんなとこかね。そうだ。あんた、名は?」
名前か……名前……。
しばし考えたのち、ピーターパンさと答えると、彼は笑いだした。
この冗談はお気に召したようだ。
『ピーターパン』は、とても古いおとぎ話だ。
誰が作って、いつごろからあるか定かではない。
しかし、『ピーターパン』が通じるのは、彼もわたし同様、街の外からやって来たのかも知れない。
孤立した都市におとぎ話が伝わる可能性は低いからな。
さて、いつまでもここにいるわけにはいかない。そろそろ出るか。
酒場を後にすべく、席を立つ。すると、セオドアが私を呼び止めた。
「待ちな、ピーターパン殿。ここを出て、ま~っすぐ進むと宿屋がある。旅の疲れを癒すにゃもってこいだ。ぐーっすり眠れるぜ」
宿ね。確かに酒場があるのならば、宿もあるだろう。
休息なくして探索は困難だ。
彼に感謝の意を伝えると、最後にアシューテの特徴――赤い髪とブラウンの瞳をした女に心当たりがないか尋ねてみた。
「知らねえな」
そう答えたセオドアだったが、左の眉がピクリと動いていた。
『PUB』を出て道なりに歩いていく。
あいも変わらず人の姿がみえない。まるで廃墟だ。
連れて歩くロバのヒヅメの音のみが通路に響く。
進むにつれ、やがて周囲にモヤがかかりだした。
また霧か。
完全に視界をふさぐほどではないが、足元に
その霧の中からぼんやりと姿を見せる屋敷。
これがセオドアが言う宿屋であろうか?
木造の大きな建築物だ。わたしにとって馴染み深い形ではあるものの、無機質な壁のジャンタールでは、逆に違和感を覚える。
一抹の不安を感じながら入口へと向かう。
大きな木の扉を手前に引くと、ギイと音を響かせて開いた。と同時に、少しカビ臭いにおいがした。
中を見渡す。
正面に接客のためのカウンターがある。右手には客室へと繋がるであろう上り階段だ。
人の気配を感じないという点を除けば、一般的な宿屋そのものであった。
ギッ、ギッ、ギッ。
一定のリズムで何かが、きしむ音が聞こえる。
音の発生源は……あれか。
カウンターのさらに奥、ゆらゆらと前後に揺れるイスがある。
座っているのは、白髪の老婆。
両目を閉じてゆらゆらと揺れるその姿は、すでに亡くなっているのではと思わせる。
ゆっくりと彼女に近づいていく。やはり無反応だ。
ふとカウンターの上に呼び鈴が置かれているのに気付いた。
鳴らしてみようと手をのばす。
「おや、お客さんかね」
わたしの手が呼び鈴に触れる直前に、老婆が口を開いた。
椅子に座ったまま、こちらを見つめる彼女の目は白く濁っている。
私がここは宿屋かと尋ねると、老婆は嫌らしい
「おやおや、知らずに来たのかい? 若いもんは好奇心が旺盛とみえる」
一泊金貨一枚だと言う老婆。
金貨? ここはジェムではないのか?
疑問があるものの、骸骨がうろつく外よりマシであるかと考える。
しかたがない。
懐より金貨を出し、カウンターの上に乗せる。
すると老婆は重そうに腰を上げると、こちらに歩み寄る。そして懐から鍵を取り出した。
「部屋は二階だよ。鍵に番号か刻まれているから同じ数字の部屋に入んな」
老婆はそれだけ言うと、さっと金貨を取り、椅子に腰かけるのであった。
――見えているのか?
白濁しているが盲目ではない?
それとも……。
嫌な考えが頭をよぎる。
金貨を握り締めた老婆の手のひら、一瞬だが人の目玉のような物が見えた気がしたからだ。
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