第4話 隠された都市
「俺達はあんたと同じでジャンタールを探している」
斧の柄で己の首をこすりながらレオルは話した。
まあ、そうだろうな。こんな所にくる物好きは他におるまい。
岩場に潜んでいた三人組もそうだ。
彼らがレオルの仲間だったかは分からない。だが昨日、われらの後をつけていた人影はレオルたちだろう。
「何人もがこの辺りを探しちゃいるが、見つけることができねえ。そんな奴らで城塞都市ティナーガは
単に野垂れ死んだだけかも知れねえがなと付け加えて笑うレオルの元に、彼の仲間が近づいてきた。
さきほど命令されて洞窟の奥に向かった男だ。彼はレオルに耳打ちする。
とうぜん、なにもなかったとの報告だろう。レオルは軽く頷くと、こちらに向き直り「これからどうする?」と尋ねてきた。
「今日はここで野宿だな。周辺の調査は明日からがいいだろう」
日はだいぶ傾いており、調査するには、いささか暗い。
あせる必要はない。アシューテがここを拠点にしていたならば、我々もまたここを拠点にするのがいいだろう。
彼らはどうするだろうか?
調査するなら人数が多いほうがよい。
協力しやすいよう言葉を選んだつもりだが……。
「よし、野郎共。今日はここで休息をとる。準備しな、あのパリトさんに失礼のない様にな」
レオルは協力することに決めたようだ。
しかも、野営の準備までしてくれるらしい。
気をつけるべきは寝首をかかれることだが、おそらく彼らにその意思はない。
少なくともジャンタールを見つけるまでは。
焚き火を囲み、みなで食事をとる。
レオルの仲間から暖かい飲み物を勧められたが、やんわりと断った。
善意であれ、警戒しておくに限る。
水筒の水を一口あおる。
乾燥した豆とドライフルーツを、いくか口に放り込む。
シャナはピッタリと私によりそいながら、私と同じものを口にしていた。
「なあ、手紙って奴を見せちゃくれねえか?」
レオルがそう切りだしてきた。
手紙とは、アシューテからの手紙だろう。
もちろん、見せるのはかまわない。
だが、なぜ私が手紙を持っていると知っているのだろうか。
まあ、知っているからこそ後をつけてきたのだろうが……。
「実はな、知り合いのガスって野郎が二週間前から行方が分からねえ」
私の考える様子を、手紙を見せるかどうか悩んでいると思ったのだろう、レオルは言葉を継ぎ足してきた。
知り合いか。
仲間か部下か情報屋か。いずれにしても、もう生きてはいまい。
「二週間か。かくれんぼにしては長すぎるな」
軽口で返すと、レオルに手紙を渡してやる。
手紙のことを知っていた理由は、あるていど予想がつく。
が、いまは、勘ぐるより協力姿勢を見せていたほうがいいだろう。
――――――――――
毛布に包まり寒い夜をしのぐ。
手紙を見たレオルたちの落胆は大きかった。次に繋がる情報など書かれていないからだ。
彼らはみな、疲労困憊といった状態で、早めの就寝となった。
しかし、下はゴツゴツとした岩と砂利。良質な睡眠など取れるはずもない。
みな荷物に抱きついたり、手持ちの衣類を下に敷いたりと、痛みと冷気を和らげようと工夫していた。
そんな中、私は壁際で目を閉じていた。
気になる情報を、いくつか頭の中で整理したかった。
そのとき、誰かが近づいてくる気配を感じた。
「パリト、少し話せないかしら?」
シャナだった。他人に聞かれたくない話なのだろう、かなりの小声である。
私は頷くと、洞窟の外へ向かう。途中、チラリとレオルに目をやったが、毛布に包まり目を閉じていた。
だが、こちらに向ける強い気配を感じた。
外は暗く、星明りがわずかに足元を照らす。
夜空には薄い雲がかかり、月の輪郭を薄く映しだしている。
手頃な岩に腰かけ、シャナと話す。内容は
シャナは不安を
やがて、彼女は無言になる。
しばらくして、彼女は意を決したように口を開いた。
「これから私と……」
そのとき、雲の隙間から月が顔を覗かせたのだろう。何かを言いかけたシャナの顔が鮮明に見える。その表情が驚愕へと変わった。
「パリト、あれ!」
シャナの指差す先を見る。
そこには、巨大な壁があった。
見上げんばかりの高い壁。左右に長くのび、今いる円形の窪みをグルリと一回りしていると思われる。
……これはもしや城壁か?
どういうことだ? こんな巨大なものがどこにあった?
しかも壁だけではない。その後方、ニョキリと頭を出す塔とおぼしき建造物も見える。
言葉を失い目前の光景を見つめる。が、ふとその姿が見えなくなった。
壁も塔も一瞬で消えた。周囲は、ただ闇が広がるのみだ。
どうなっている!? なぜ急に現れ、なぜ急に消えた。
まるで
――私はハッと気づき、空を見上げた。今は雲が月を覆い隠している。
そうか!
月だ! 月明りだ! 月明かりの下でのみ、ジャンタールは姿を現すのだ。
そして、それを証明するかのごとく、月が再び大地を照らすと、巨大な城壁が姿を現すのだった。
シャナが洞窟に向かって走る。
「みんな、見て。ジャンタールよ」
彼女の叫びで、レオル達が飛び出して来た。
彼らは巨大な城壁を見て、立ちすくむのだった。
――――――
「こいつがジャンタールの入口か……」
壁にそって歩くことしばらく、入口らしきものを発見した。
門はない。ただ壁が一箇所で途切れているだけ。
その途切れた壁の両端に、左右向かい合わせで石像が設置してある。
羽が生えたケモノの像だ。
これまで見た、どんな生き物とも違う。
入口をのぞく。深い霧が立ち込めており、どうなっているかは分からない。
「悪いが先に入らせてもらう」
そう言ったのはレオルだ。
彼とその部下は、あせる気持ちを抑えられないのであろう、今にも中へと飛び込みそうだ。
たしかにあまり時間はない。
月がもうすぐ岩山の向こうへと隠れようとしている。
ジャンタールも、じきに消えるだろう。
「ああ、先にいってもらってかまわない。私は一息ついてから向かうとしよう」
彼らとは別行動をとる。
これからはジャンタールを探す仲間ではなく、ムーンクリスタルを求める競争相手となるのだ。
競う必要などないはずだが、彼らはそう思っているようだったから。
レオルはじっとこちらを見つめている。まるで何かを待っているかのように。
やはりそうか。
私は振り向き、シャナに問う。
「いいのか? 彼らと行かなくて」
「……知ってたのね」
驚いてそう言うシャナに微笑みかける。
知っていたさ。君は彼らの仲間、いや
彼らに対する君の不自然な態度。美人に何の反応を示さない男達。
全てが物語っていた。
「楽しかったわ。でも先にムーンクリスタルを見つけるのは私達よ」
そう言ってシャナは颯爽と歩いて行き、レオル達の先頭に立つと、門をくぐり中へ入っていった。
一人残された私は空に輝く月を見て思う。
あのアシューテさえ帰って来られないのだ。あの程度の人数ではどうにもなるまい。
彼女とは、また会うだろう。生きた姿かどうかは分からんがね。
しばらく待って、彼らのひとりに密かに巻き付けた糸を
だが、巻き取った糸は、何の抵抗もなくかえってきた。
――切れたか。
切られたのではない。自然に切れたのだ。
入ったら最後、出られないのだろう。
フフ、面白い。そうこないとな。
自然と笑みがこぼれるのを自覚しながら、わたしはロバを引いてジャンタールの門をくぐっていった。
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