少年・6

 いつもおにぎりを差し入れてくれる男の子に言われた通り、百を数えた。

 頭の上の蓋を押し上げる。確かな手ごたえを感じた。

 少年は無我夢中で、腕の力をこめた。

 何度が押したり叩いたりを繰り返すと、蓋が開いた。


 夢にまで見た、箱の外だ。

 少年は周囲を見回した。空気穴から一部分だけ確認できていた壁紙とカーテンの模様は、全体で見るとくすんでいて、野暮ったい印象だった。

 外れかけたクローゼットの取っ手、くもったガラス製の棚、その上に置かれたトロフィーや盾は、文字が薄れていて読めない。

 部屋全体が、とてもくたびれている。


「ねえ、どこにいるの?」

 少年は小さな声で問いかけた。

 いつも空気穴から少年を覗き、勇気づけてくれていた四人の友達が、見当たらない。どこか別の部屋にいるのだろうか。あの子たちと、自分をここへ閉じこめたあの人とは、どういう関係なのだろう。

 おにぎりを差し入れてくれた男の子は、どこへ行ったのだろう。


 いけない、考えている暇などない。

 あの人が戻って来る前に、ここから逃げなければ。


 少年は部屋から飛び出し、一階へ下りた。玄関で自分の靴を探したが、見つからない。仕方がないので、裸足のまま家の外へ出た。


 早く、早く。

 どこへ行けばいいのかわからない。とにかく今は、できる限りこの家から離れた場所へ。

 少年は駆けた。



 どのくらい時間が経ったろうか。

 途中、いくつか民家の近くを通りすぎたが、少年は助けを求めなかった。

 知らない人と話すのが怖かった。

 誰かに見つかれば、自分はまたどこか知らない場所へ連れて行かれてしまうかもしれない。

 

 日が暮れれば、表を出歩く人など滅多にいない地域だった。

 裸足を汚して彷徨う少年に、声をかける者はいない。


 怖くて、心細くて、少年は泣きながら走り続けた。

 そのうち、果たして自分がどこの誰なのか、何から逃げているのかもわからなくなった。


 ふと、前方に腰の曲がった老婆の姿を見つけた。

 外灯もない暗い道で、老婆の周りだけが不思議とほの明るい。


「あの……」

 少年は、ついに見知らぬ人に声をかけた。

 ちんまりと佇む老婆の姿はかわいらしく、少年に安心感を与えるものだった。


 無言で手招きをする老婆の後を、少年はふらふらとついて行った。

 一軒の、古い平屋の前に辿り着いた。細く開いた扉から、老婆が中へ入っていく。

 少年も一呼吸置いて、家の中へ足を踏み入れた。


 そこに老婆の姿は見当たらなかった。代わりに、背の高い老人が三和土に立って、少年を見下ろしていた。

「おう、おかえり」

 老人が言った。


 お爺さんの背中越しに、畳の部屋が見えた。仏壇の前に、さきほどの老婆の写真が置かれていた。


 少年は老人へと視線を戻した。

「ただいま、おじいちゃん」

 そう口に出してみると、様々なことが腑に落ちたような気がした。

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