黒影(4)
黒い影はすべるように路面を移動した。俺と航汰は警戒をしつつ、その後を追った。
途中、ベビーカーを押した女性に道を譲るとき、黒い影から目を離した。そのまま見失うかと思ったが、心配はいらなかった。少し先で、黒い影は俺たちが追いつくのを待っていた。
やはりこの黒い影からは、はっきりとした意思が感じられる。
俺と航汰を、特定の場所へ案内したいのだ。
十分ほど歩いた。
大通りを外れ、住宅地に入る。古そうな家が多いためか、全体的にくすんだ印象を受ける。俺たちは細い路地を進んだ。
足元がアルファルトから石畳に変わると、周辺の景色にも変化が見られた。ぽつぽつと、小さな店舗が現れる。商店街とまではいかないが、かつては周辺住民の生活を支えていただろう区域だ。悲しいことに、目につく店はすべてシャッターを下ろしている。
黒い影は、クリーニング屋と酒屋の隙間に姿をすべりこませて、俺たちの視界から消えた。
「え、ここが目的地?」
俺は即座に不満を口にした。
「ふざけんなよ、どこだよここ」
多発する事故と、日本中どこへ行っても見かけるようなこの寂れた住宅地に、一体なんの因果関係があるというのか。問いただそうにも、黒い影の姿は見えない。
「面倒くせえけど、とりあえずここの店の人に、交差点事故についての話を聞いてみるか」
俺はぼりぼりと後頭部を掻いた。
例えば、目の前の店舗に関係する人物が、過去にあの交差点で事故に遭った、あるいは事故を起こした、という可能性はないだろうか。
「そうですね。では私はクリーニング屋を、小野塚くんは酒屋のほうをお願いします」
航汰が目をぎらつかせながら、店舗に向かって突き進んでいく。心霊事案解明に対するこいつの熱量は、やはり半端ではない。しかし今回ばかりは俺も気合が入っている。
人任せは嫌だ。神頼みもきっと完全ではない。田中先生の安全は、俺自身の手で守るのだ。
航汰の仕切りにおとなしく従うのは、もやっとするけれど、文句を言えばそれだけ時間を無駄にする。
「わかった」
と答え、改めて酒屋に目をやったところで気づく。
「これ、どうやって呼び出すの?」
他と同様に、酒屋もシャッターが下りている。そこに貼られている紙は、長く雨風の影響を受けたのだろう、かろうじて文字がひろえる程度まで劣化がすすんでいた。書かれているのが閉店のお知らせであることを読み解いた後、かるくシャッターを叩いてみる。少し待ったが、反応はない。シャッターの周りにはインターホンの類もなく、今も人が出入りしているのかすら判然としなかった。
二階の、居住スペースらしき部屋を見上げる。雨戸が閉まっていて、中を窺うことはできない。
クリーニング屋のほうも、酒屋と同じ状態らしい。
「今は誰も住んでいないのでしょうか」
と、航汰は残念そうに肩を落とした。
「一応、こちらのほうはインターホンがあったので押してみたのですが、手ごたえがないといいますか、おそらく現在はもう使用できなくなっているのでしょう」
「どうするか……」
俺と航汰は揃って、目の前の古びた店舗を仰いだ。背後には薄闇を浮かべた空が控えている。
この辺りがタイムリミットといったところだろう。
周辺の家にこの二店舗について尋ねてみるにしても、今日はもう時間が遅い。続きは明日にしようということで、俺たちの意見は一致した。
「明日は小野塚くんが学校に行っている間に、私ひとりで聞きこみをしておきましょう」
航汰が張り切って言う。
こういうとき、無限に自由時間があるニートは便利だ。
「ああ、任せるよ。俺も学校終わったらすぐに合流する」
俺は深く考えず答えた。
翌日から、航汰と連絡がつかなくなった。
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