[少年・4]

 少年が家に入ると、兄は満面の笑みで告げた。

「今日はうれしい知らせがあるよ」


 兄について、少年は二階に上がり、突き当たりの六畳間に入った。

 部屋の真ん中には、大きな黒い箱があった。庭先で園芸用品などをしまったりするような、ステンレス製の収納庫だ。


 少年はドキリとした。それから不安になって、兄を見上げた。

 兄がこの箱を神聖視していることを、少年は最近、身を持って学んだばかりだった。


「こ、これがどうしたの?」

 少年は兄を刺激しないよう気をつけながら、尋ねた。


 兄は意味深に微笑むと、収納庫に巻きつけていた金属製の鎖をゆるめた。そうするとほんの数センチだが、収納庫の上蓋が開くようになった。


「覗いてごらん?」

 兄に促され、少年は蓋の隙間から収納庫の中を覗いた。


 はじめは、何があるのかわからなかった。

 だがシルエットと荒い息遣い、体勢を変えようともぞもぞと動く様子から、理解した。


「……誰なの?」

 少年は飛び退き、兄のほうを見やった。


 収納庫の中には、小さな男の子が入っていた。

 体を横向きにして膝を折った、胎児のような姿勢で、男の子は怯えたように少年を見返していた。


「その子は、れい君だよ」

「れい君?」

「そう。れい君は僕たちの弟だよ」

 兄はどこか興奮した様子で答えた。


 それから少年は時折、れい君の世話を任されるようになった。

 普段、れい君がいる収納庫はきつく鎖が巻かれ、簡単に開かないようになっている。水や食事などは鎖をゆるめ、あいた隙間から差し入れていた。

 兄が用事で出かけているとき、少年は兄に代わってれい君におにぎりを与える。兄がコンビニやスーパーで買って来たおにぎり中から、いつも適当に選んで差し入れていた。


 あるとき、ふと思いついて、れい君に好きなおにぎりの具を尋ねた。

 れい君に話しかけたのは、それが初めてだった。

 以来、少年は兄が不在の間だけ、れい君と言葉をかわすようになった。

 ずっとその中にいて、辛くはないか。寂しくはないか。

 少年の問いかけに、れい君は「家に帰りたい」と言って泣いた。だけど、穴から友達の顔が見えたときは、寂しい気持ちでなくなるのだという。


「友達が見えるの?」

 嘘だろうと、少年は思った。

 この部屋に出入りする人間は、自分と兄しかいない。友達の姿など見えるはずがない。

 収納庫の側面には、小さな空気穴がいくつか開いているが、そこから見えるものといえば、カーテンの柄と壁紙の模様くらいだろう。


「うん、みんな僕のこと覗きに来てくれるんだ」

 れい君の口調は、なぜだか誇らし気だった。


 暗い箱の中に閉じこめられ、三度の食事のタイミングでしか、時間の感覚をはかることもできない。

 長くそんな状況に置かれているせいで、れい君は少し妄想が激しくなっているかもしれないと、少年は思った。

 

 兄は、いつまでれい君をここへ閉じこめておくつもりだろう。

 少年は早く、この弟の顔を見てみたかった。

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