ポルターガイスト(5)
目を覚ました航汰に、もうポルターガイストは起きないと告げた。
「ポルターガイストの正体は、いたずら好きな子どもの霊だった。ここより広くて、もっと凝ったもの作ってるおもちゃ会社をすすめたら、そっちに移るとさ。もう出て行ったよ」
便器に腰かけたまま気絶し、今まで寝入っていたらしい航汰は、こめかみの辺りを指先で揉みながら、俺を見上げた。
「私はここで何を……」
と寝ぼけた声で言う。
「覚えてないの? 子どもの霊が悪ふざけして、お前をここに閉じこめたんだよ」
俺は寄りかかっていた個室のドアを、コンコンと中指の関節で叩いた。
「ああ、そうでした。ひどい目に遭いましたよ。あまりのことに気を失ってしまったようで……」
「心霊好きなくせに、いざ自分が体験するとなったらビビったのか」
「暗闇の中、突然体を引っ張られて自由を奪われれば、さすがの私も恐怖しますよ」
航汰は両腕を抱き、ぶるぶると震えてみせた。
自由を奪われる恐怖については、おおいに共感できるため、俺はそれ以上言わないでおいた。
「おじさんにはさ、なんか適当に、お前が塩まいたらポルターガイストがおさまったとか理由つけて、説明しとけよ。子どもの霊がいたとか言ったところで、どうせ信じないだろ」
「うーん、叔父なら信じてくれると思いますが……わかりました、そういうことにしておきましょう」
航汰が立ち上がる素振りを見せたので、俺はその場を離れ、ソファに戻った。ごみを片づけていると、顔を濡らした航汰がやって来た。デスクの上のティシュで水滴を拭い、
「顔を洗ったら少しすっきりしました。やはり座った体勢で寝るのは体に良くありませんね」
と言う。
「ところで小野塚くん」
「何?」
見ると、航汰は満面の笑みを浮かべながら両手を差し出していた。
「ああ、はいよ」
俺はごみをまとめたビニール袋を手渡す。
「そうじゃなくて、恒例のあれですよ!」
「あれ?」
「私が気絶している間、その子どもの霊を撮影しておいてくれたんじゃないですか? 早速映像確認したいので、見せてください」
「あ、悪い、撮るの忘れてたわ」
「なんですと」
航汰は打ちひしがれた様子で、ため息をついた。
「幽霊が見られないなんて……私は一体なんのためにここで一晩明かしたのでしょう」
「お前、霊ならどんなもので見たいのな」
「当たり前じゃないですか」
「なんでそんなにこだわるわけ?」
「私はいつだって、現実にないものを見たいのです」
それって裏を返せば、現実そのものに目を向けていたくないってことにならないか?
「まあいいじゃん、幽霊にいたずらされるっていう貴重な体験ができたわけだし」
「それはそうですけど」
「おじさんの役にも立てたわけだしさ。そもそも、それが目的だったんだろ」
「そうですねえ」
航汰はしぶしぶといった調子で頷いた。
「あ、あとさあ、子どもの霊が社長室で色々いたずらしてたっぽいから、何か物がなくなってるかもしれないって、おじさんに伝えといて」
朝になって、航汰の叔父が出社してきた。
航汰は早速、創作した昨夜の出来事を、大袈裟なジェスチャーつきで叔父に説明して聞かせた。
「ですから私がこう、ぱあーっとですね塩をまいて、悪霊退散! と叫んだところ嘘のようにポルタ―ガイスト現象がおさまり――」
笑いをこらえられそうになかったので、俺はさり気なく二人から距離をとった。
ふいに、シャツの裾を弱い力で引っ張られる。見ると、座敷わらしが立っていた。
「なんだお前、まだいたのか」
俺は小声で話しかけた。
「貴様に礼を伝えていなかったのでな」
「ああ、いいよそういう改まったのは。柄じゃないから」
「そういうことなら一つ、提案があるのだが」
「提案?」
「貴様についていてやろうか」
「は? 俺に? お前、家じゃなくて個人にもつけるのか?」
「可能だ。わたしがついた人間には、幸運が舞いこむぞ。反動で不幸になるのが心配なら、些細な幸運に限定してやってもいい」
座敷わらしは試すような目で俺を見上げた。
俺は少し考え、首を振った。
「遠慮しとくよ」
「そうか」
「あ、そうだ。つく人間は、俺でなくてもいいの?」
「どういう意味だ」
「俺が指定した人間についててはもらえない?」
「いいだろう。しかしそういうことなら、先に合図か合言葉を決めておこう」
「合図? なんのための?」
「その人間から、わたしが離れるときの合図だ。貴様がその合図をするか、合言葉を口にしたとき、わたしはその人間の元を去る」
「別にそんなの決めなくても、適当なところで切り上げて他の宿り先に行けばいいじゃん。今までだってそうしてきたんだろう?」
座敷わらしの性質は、気まぐれだと思っていたが、意外と律義らしい。
「家につくのと人間につくのとでは、勝手が違うんだ。人間につく場合は、契約の形をとる。貴様が指定した人間につくのだから、契約者はその人間ではなく貴様のほうだ。貴様が契約の解除をしない限り、私はついた人間から離れられない」
「ははあ、そういうことね。でもそれって窮屈じゃない?」
俺と契約を結んでしまったら、今までと変わらない。ようやく御札の力から解放されたのだ。座敷わらしには自由を謳歌してもらいたかった。
「いいんだ、わたしは存外、貴様を気に入っているからな」
そう言って笑った座敷わらしに、初めて子どもらしい無邪気さを見た。
「じゃあ少しの間、頼もうかな」
それから俺たちは相談して、契約解除の合言葉を決めた。
「では、わたしは一体誰につけばいい?」
座敷わらしが尋ねる。
俺は一度航汰のほうを見やり、答えた。
「それは――」
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