ポルターガイスト(4)
中に入るとまず、正面の大きなデスクセットが目に入った。オフィスにあったものと比べ、こちらは明らかに金がかかっている感じだ。その手前にはローテーブルとソファのセット。向かって右側の壁に、ガラス扉のついたサイドボードと観葉植物、油絵の入った額縁が二つ並んでいた。
へえ、ここが社長室かあと一応は感心してみるけど、感激はしなかった。よくあるドラマのセットみたいで、面白みがない。
「どうだ? 札はあるか?」
ドアから顔だけ覗かせて、ガキが言う。できる限り、御札の近くにいたくないのだろう。
「ざっと見た感じはない。デスクの中かな」
「いいや、札なら絶対にどこかに貼ってあるはずだ。壁を探せ」
「へいへい、仰せのままに」
俺はぐるりと壁を調べた。御札はすぐに見つかった。額縁の裏というベタな場所に、それぞれ微妙に違う文字や模様が描かれた護符が十数枚貼られていた。そしてもう一方の額縁の裏には、一般的な御守りの他、細い紐を編んだもの、薄い木の板で作られた人形など、呪術めいた代物が吊り下げてあった。
「なんかいっぱい貼ってあるんだけど、どの札?」
廊下で待つガキに向かって言う。
「いい、特定するのも苦痛だ。全部まとめて破り捨てろ」
「了解」
俺はすべての護符を剥がしてひとまとめにすると、オフィスに戻った。菓子の入っていたビニール袋を広げ、その上で護符を破る。最後に袋の口をぎゅっと結び、終了。
「しかし見つけたときはゾッとしたな。いろんな種類の御札と御守りがずらーっと、額縁の裏に隠してあって。あの人、変な宗教にでもハマってるのかな」
初対面では社長と呼ばれているわりに威厳も何も感じられない、冴えない普通のおっさんという印象だったけど、次に会うときはスピリチュアル系の怪しいおっさんへと見方が変わりそうだ。
「思わぬ幸運が舞いこんだために、不安にかられたんだろう。風向きはいつか変わる。わかっているから、何かにすがりたくなる」
ガキが護符の入ったビニール袋を見つめながら言った。
「だからあれだけたくさんの札や御守りを集めたわけか」
幸運とは、回転アザラシくんがSNSでバズったことだろう。航汰の叔父の口ぶりから察するに、会社設立以来のヒット商品になる可能性が高いようだった。経営者として、絶対にこの好機を逃したくないはずだ。
「願掛けのために集めはじめたのが、いつからか精神安定剤のような役割へと変わっていったのだ。とにかく数があれば安心できるらしくてな、最近ではお前が考えたとおり、おかしな宗教団体や自称霊能力者などからも、高い金を払って手に入れていたようだな。とんだ愚か者だ」
昨日会ったとき、航汰の叔父は上下ともよれよれの衣類を身に付けていた。見た目に頓着しないタイプだったとしても、経営者という立場なわけだし、普通はもう少し身だしなみに気を配るんじゃないか。
スピリチュアルに傾倒するあまり、その他のことへは意識が向いていないのかもしれない。
「御札なんてものは気休め程度に信じて有難がるのでちょうどいい。強力な力などないのだから」
だがな、とガキはそこで眉をひそめた。
「中には厄介な御札も存在するのだよ。自覚なく霊力の高い人間というものが存在する。そういう奴が書いた札には、それなりの力が宿る。幸運を持続させる力を持った札だ。つまり幸運の源であるわたしを、この場所から逃さないための札ということになる」
「え、てことはまさか、回転アザラシくんのヒットはお前のお陰なわけ?」
「わたしは悪霊ではないと、散々言っただろう」
ガキは腕を組むと、つんと顎を反らせた。
「むしろその逆だと」
そこでようやく俺は、さっきまで手の届かなかった記憶の糸を掴んだ。
「お前、去年テレビに出てなかったか」
「知らないな」
「いや、絶対出てた。そうだよ、俺見たし。あのゲームすっげえやりこんでた時期だったからさ、どんな奴が作ったのか興味あって」
去年大ヒットしたアプリゲームの、開発者に密着するテレビ番組だった。制服を着れば高校生といっても通りそうなほど幼い顔立ちをした開発者の男が、今後のサービス展開について語っていた。
男の背後には、小学校低学年くらいの少女が立っていた。
洗練されたオフィスに、安っぽい服を来た女児という絵面がどうにも不釣り合いで、記憶に残った。
「ああ、そんなこともあった気がするな」
俺が指摘すると、ガキはすっとぼけた。
「昔の宿り先のことなど、いちいち覚えていないからな」
「ふうん、宿り先ねえ……」
確かこういう奴には、古くからの呼び名があったはずだ。
「お前、座敷わらしだろ」
今頃気づいたのかと、ガキは呆れたように肩をすくめた。
「あのゲームのヒットも、お前の力だったのか」
と、口に出してから、思い出す。そういえば最近は全然遊んでいなかったな。俺はすぐさまアプリを立ち上げた。腕慣らしのつもりで少しだけプレイをして、疑問に思う。
どうして自分は、このゲームに熱中していたのだろう。
久しぶりにプレイしたからかもしれないが、正直、前ほど面白みを感じない。
調べてみると、少し前から急激なユーザー離れが続いているとわかった。レビュー欄には、特に不満はないけど何かが違う、なんかわからないけど飽きた、などと曖昧な意見が並んでいた。
「座敷わらしが去った家は、没落する」
俺はそう言って、ガキ――座敷わらしの反応を窺った。
「それは言いすぎだ」
座敷わらしはにやりと笑った。
「違うのか?」
「受けた恩恵に対する、反動の大きい小さいがあるくらいだ。例えばわたしの力でとんでもない大金持ちになったとする。するとわたしが去った後は、目も当てられないほど落ちぶれるだろう。だがほんの少し、通常より幸運に恵まれた程度なら、反動は小さい。また元のような生活に戻るだけだ。それを不幸ととるかどうかは、そいつ次第」
話に出たアプリ会社が今どうなっているか調べてみろと言われ、検索する。
あれから別作品を発表し、大ヒットにはなっていないものの、一定数のユーザーを確保して、地道に運営を続けているらしいとわかった。
「没落などしていなかっただろう? いや、この場合は倒産か」
「そうだな。じゃあ今回お前がここからいなくなった後も、この会社は潰れないってことか」
「元々、珍妙な人形が少し注目された程度の幸運だからな。大きな反動などない」
それを聞いて安心した。
俺からしたら義理も思い入れもない会社だけど、自分が座敷わらしを逃がしたせいで倒産したとなったら、後味が悪い。
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