第12話 続・チサトとツムギ

 そして、昼休み。

 チサトはツムギに連れてこられるがまま、中庭のベンチに座った。


 それぞれ持参した弁当を膝の上に広げつつ……チサトはガチガチに緊張していた。

 そんなチサトを見て、ツムギが苦笑いを浮かべる。


「ごめんね、ちーちゃん。いきなり声掛けちゃって」

「い、いえ!」

「だから敬語はいらないって」

「あ……うん」


 その「だから」が休日に会ったときのことを指していると気付いて、チサトは少しホッとした。

 ツムギにとっても、あの日が無かったことにはなっていなかったということだから。


「この間はさ、なんか迷惑かけちゃったかなーって思って。それに、前からちーちゃんとは話してみたかったの」

「えっ、なんで?」

「なんでって、だってちーちゃん有名人じゃん」


 有名、という言葉の意図が分からず、チサトは返答に困る。

 少なくともチサト自身に有名だという自覚は無かった。


「あ、ごめん! 有名だからなんて失礼だよね。えと、別にそれだけじゃなくて……ほら、入学したばかりのときのスポーツテスト!」


 チサトの沈黙を不快さの表れと取ったのか、ツムギは焦って言葉を継ぎ足す。


「あの時、シャトルランあったじゃん? あたしも結構頑張ったんだけど全然ダメでさー。でもちーちゃん、最後まで残って、しかもガンガン周回数増やしてて、めっっっちゃ、かっこよかった! やっぱフォームから違うよねー。先生もビビってたもん!」

「え、あ、ど、どうも……」


 勢いよく捲し立てるツムギに驚きつつ、彼女から褒められればどうしても嬉しく感じてしまうチサト。

 口の端が間抜けに吊り上がっていないか気にしてしまうくらいだ。


「つか、なんなら入学式の時から、『うわ、めちゃ可愛い子いるっ!』ってビビってたもん! 明らかすっぴんだし、自然体だし……頑張ってデビューしたあたしがちっぽけに見えるっていうか……」

「デビュー?」

「あー……えっと、あたし高校デビューしたから。中学時代はかなり地味目でさぁ」

「えっ! そんなこと言っちゃっていいの!?」

「うん。別に隠してることじゃないし」


 あっけらかんと言い切るツムギ。

 しかし、チサトの頭の中には、自然公園で話したときの会話が思い浮かんでいた。


(あの時、シンクさんが箕作さんの高校に入る前のことを話そうとして、箕作さんは必死にそれを止めてたと思ったけど……)


 あの場では止めたのにここでは自分から告白するなんて、矛盾している。

 意図を測りかね訝しむチサトに、その表情から察したのかツムギは所在なさげに苦笑した。


「ごめんね、ちーちゃん。隠してるわけじゃなかったのに、変に隠そうとしてさ……感じ悪かったでしょ」

「そんなことないけど……そもそも何を言おうとしてたのかも分かってなかったし」

「あたしが中学の頃はオシャレなんか全然興味無い地味系女子だったのは本当だし、高校デビューしたのも本当で、それは友達とかには普通に言ってるんだけどさ……でも、シンクに言われるのはちょっとやなんだよね」


 そう、少し愚痴っぽく溢すツムギに、チサトは何も返せなかった。

 ただ、彼女の中で友達や自分より、あのシンクという銀髪の女性の存在が大きいのだろうということは、なんとなく理解できた。


「でも、どうして隠さないの? そういうのって普通、黙っておくイメージっていうか……」

「まあダサいもんね。なんか、演技っぽいっていうか、本質じゃないっていうか」

「そこまでは言ってないよ!?」

「いーのいーの。確かにわざわざ言うことないかなって思ったけどさ、変に黙ってて後からバレた時の方がしんどいじゃん? 隠し事しながら友達と一緒にいるのもなんか息苦しいし。だったら最初に言っちゃえーって思って!」


 開き直るようで、しかし、自分で自分を認め胸を張るようなその姿は、チサトにはどこかカッコよく見えた。


 いつも堂々としていて、明るくて、たくさんの人に囲まれていて……カリスマという言葉を感じさせるカーストトップのギャルである彼女に、自分の目が引きつけられる理由が形になって見えた気がした。


「カッコいいなぁ」

「そ、そんなんじゃないし!? つか、今更考えるとさ、それきっかけでハブられる可能性もあったわけで……まああたしが凄いとかじゃなくて、みんなの懐が広かったって感じ?」

「でも、変わろうとするのも、変わったことを誰かに言うのも……すごく勇気がいると思うから」


 少なくともチサトにとって、ツムギの行動は感服に値するものだった。


 今の自分に不満を抱くことは少なくとも、ツムギのようになってみたいと漠然とした憧れを抱くことはままある。

 しかし、それを実現できるほどの行動力もなければ、いざ変わったとして周囲からどんな目が向けられるのか怖い。


「正直、勇気なんて呼べるような大層な感じじゃなくて、結構怖かったよ。もしそれでハブられたらとも思ったし」


 まるでチサトの胸の内を呼んだかのように、ツムギが苦笑する。


「でも、あたしが憧れる将来なりたい大人の姿って、すっごく自由でさ。いつも自然体で、やりたいことに脇目も振らず全力で没頭して、楽しそうで、カッコよくて……だから、あたしもそうなりたいって思ったんだ。だから、隠し事を続けて友達と一緒にいるなんて違うかなって」

「へえ……」

 

 チサトの頭に、シンクの姿が浮かぶ。あれは中々自由だったな、と。

 昨日のツムギの態度、子どもっぽい雰囲気はシンクの前だったからなのだと、察することができた。


「あれ? でも、友達って……」

「うん。ちーちゃんももう友達だから! そりゃあちーちゃんは凄い人だし、友達なんて大それてるとも思うけど」

「ボク全然凄くなんかないよ!?」

「いや、凄いでしょ。今朝だってちょっと話しかけただけで注目されちゃってたし」

「それは箕作さんがじゃないの?」

「いやいや、ちーちゃんが……もしくは二人のチカラってやつ?」


 にまっとツムギが得意げに笑い、それにチサトも釣られて笑う。


「なんか嬉しいな。ボク、箕作さんは遠い存在だと思ってたから」

「それこっちの台詞なんですけど!?」


 チサトにとってツムギは遠い存在で、けれど、ツムギにとってもチサトは遠い存在で。

 お互いにそう思っていたからこそ、些細なきっかけで二人は友達になることができた。


 それから二人はお互いのこれまでの印象をぶつけ合い、時にからかい、笑い合い、楽しい昼休みを過ごすのだった。

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