第11話 チサトとツムギ

 斑鳩千里にとって箕作紬希は、憧れの存在だった。


 それは恋愛的な意味ではなく同い年の女子として、チサトにとってツムギは、まさに『理想の女子高生』だった。


 可愛らしい顔立ち。それをより強調するふわっとした明るい髪。

 メイクも上手で、校則に違反しない範囲に押さえつつも、彼女の魅力を最大限引き出している。まさに努力と研究の成果と言えるだろう。

 プロポーションも素晴らしく、腰回りはほっそりとしつつも胸は制服の上からでも分かるくらいにはっきり膨らんでいる。


 外見からは文句のつけようがない。

 実際、教室にいれば一人浮き上がったかのように目立つし、男女問わず目を引く存在だ。

 もちろん視線を浴びる対象である彼女からすれば煩わしさもあるかもしれないが、傍から見る側のチサトからすれば、「生まれ変わるなら彼女になりたい」と漠然と思う程度には遠い存在だった。



 偶然、ツムギと遭遇した休日明けの月曜日。

 チサトは後方窓際の『当たり席』に座りつつ、前方に座るツムギをこっそり眺めていた。


「はよー、ツムツム」

「あっ、おはよー」


 スマホを触っていたツムギが顔を上げ、教室に入ってきた友達と挨拶を交わす。

 ツムギは誰に対しても愛想が良いが、当然仲の良い友達が存在する。

 いわゆるギャル仲間――このクラスのトップカーストに位置する、一軍グループの面々だ。(もちろん、明言されているわけではないが)


 彼ら彼女らは、チサトにとってはまとめて別世界の存在だ。


 ずっと、女の子がする遊びよりも、男子に混ざって体を動かすのが好きだった。

 チサトには才能があり、かけっこも、サッカーも、アスレチックも、男子よりずっと上手にできた。

 体格差が出てきて、男女での差異が生じ出した現在に於いても変わらず、あらゆるスポーツで、チサトは男子を寄せ付けない活躍を見せた。


 そんなある意味で一目置かれる存在。

 だからチサトが、同世代の女の子が夢中になるようなオシャレに興味を持った頃には、もうキャラクターが確立してしまって、そちらには戻れなくなってしまっていた。


 生まれて一度もメイクをしたことがない。メイク道具に触れたこともない。

 ファッション誌でも開いてみせれば、周囲は「らしくない」と笑うだろう。

 そんな予感が余計に、ツムギへの憧れを強くさせる。


(箕作さん……)


 しかし今日、こうして教室に着いてからずっと、前方の席に座るツムギの姿を盗み見ているのは、その自身のコンプレックスからくる憧れによるものではない。

 今、チサトの胸中を満たすのは先日の出来事。


 ランニング中偶然出会った銀髪の女性と、ツムギの関係。

 それがひたすら気になって、仕方がなかった。


「見て見て、ツムツム。この動画、ちょーウケるから!」

「ほほう、見してみ?」


 ツムギはギャルグループの中ではわりとしっかりした、比較的大人っぽい立ち位置にいることが多い。

 今会話をしている友達――佐波七海が高校生にしてもかなり幼い見た目と言動をしているので、それに比べればというのもあるが。


 しかし、チサトが昨日出会った女性、シンクの前では甘えるような仕草が散見された。

 確かに外見はともかく、シンクは年上の、大人の女性だ。年齢的には甘えたっておかしくない。


 けれどツムギは、例えば教師相手でも緩いタメ口というか、失礼になりすぎないくらいに言葉を崩して話すことが多い。ギャル特有の許せてしまう距離感というか。

 あえて穿った見方をするならば、大人ぶろうと背伸びをしているようにも思えなくない。

 しかし、シンクの前では無理なく年相応の女の子のように自然体に振る舞えている。


(普段無理してるなんて思ってなかったけど……あれを見た後だと、やっぱり変な感じがする)


 普段学校で見せているような雰囲気でチサトに話しかけつつ、横目でちらちらとシンクの反応を気にするような仕草を見せていた。

 それは顔色を窺うようでもあり、自分のものだと主張するようでもあった。


(……なんて、ボクが箕作さんの何を知ってるんだって話だけど)


 窓の外に目を向けつつ、チサトは小さく溜息を吐く。

 雲ひとつ無い快晴の空が青々と広がっているが、チサトの胸中には霞がかかったようなもやもやが漂っていた。

 

「おーい」

「…………」

「おーーい」

「……え? えっ!?」


 自分を呼ぶ声に気が付き、目を向け――思わず二度見する。

 なぜか、先ほどまで友達とウケる動画を見ていた筈のツムギが、チサトの机の前に立っていた!


「み、箕作さん……!?」

「やっと気付いた。おはよ、ちーちゃん」

「ちー……?」

「チサトだから、ちーちゃん。可愛いでしょ?」


 当然のように話しかけてくるツムギに、チサトは面を食らう。


 先週まではこんな関係では無かった。

 別にいがみ合っているとかではなく、目が合えば挨拶くらいはするし、クラスメートとして必要なコミュニケーションは普通に取る。

 ただのクラスメート。顔見知り。ただ、友達ではない。


 そんな関係だったはずが……突然、聞いたことのないあだ名で呼ばれている。


「え、えと…………っ!?」


 咄嗟に返事できず、思わず回りに目を向けてみると、なぜか周囲から視線が集まっている。


(なんか注目されてる!? って、箕作さんがいれば当たり前だけど……)


「あはは、さすがちーちゃん」

「……え?」

「ねえ、お昼って予定ある? 無かったら、一緒にご飯食べない?」

「え……あ、うん。大丈夫」


 ツムギも周りの目を気にしてか、チサトの耳元に口を近づけ、他に聞こえないように囁いた。


 思いもしなかった申し出に、チサトは考えるより先に頷いてしまう。

 その意味にようやく理解が追いつくと同時に、ホームルームを告げるチャイムが鳴り響き――。


「それじゃあよろしくねっ!」

「あっ……」

 

 慌てて自席に戻るツムギ。

 その後ろ姿を見送りながら……チサトは心臓がばくんと大きく跳ねるのを感じた。

 

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