第13話 吸血鬼、平日昼間からダラダラする

「シンク、遊びにきたよー!」

「こ、こんにちは」


 放課後、ツムギとチサトは揃ってシンクの家にやってきた。

 昼休みを一緒に過ごし仲良くなるきっかけを得た二人は、その流れのまま放課後一緒に遊ぶことを約束し、せっかくならとツムギの提案でシンクも巻き込むことにしたのだ。


 チサトとしてはツムギと二人きりでも良かったのだが、あまりツムギ側に寄りすぎても自分に合わないかもしれないし……という不安もあったので、結果的にこれが一番良かったのかもしれない。


 そんなチサトの思いとは裏腹にmツムギにはチサトもシンクと仲良くなってほしいという思いがあった。


 ツムギは別にチサトが……というか、別の誰かがシンクと仲良くなることを拒んでいるわけではない。

 むしろ、シンクにとって知り合いが増えれば増えるほど、この町――しいては、このアパートへの執着も湧くだろうというもの。

 

 シンクがこの町に長く留まり続けるのが一番。

 その上で自分のことを特別に感じてくれたら……という思いも秘めてはいるけれど。


 それはそれとして、そんな二人のやりとりも、それぞれの胸中も知らないシンクは、寝ぼけ眼で出迎えた。


「ふわぁ……へい、らっしゃい」

「珍しいね。シンクがそんな眠そうなんて」

「ちょっと動画を見続けちゃって、さすがに疲れちゃったというか」

「へー、なんて動画?」

「それは……ヒミツ」

「えー!!」


 シンクとツムギの気安い会話を聞きつつ、チサトは思う。


(この人、働いてないの……?)


 たとえ見た目が同い年くらいの少女に見えても、シンクが成人済みなのは、免許証を自慢されたチサトも知るところ。

 しかし、平日でありながらシンクに働いている気配はまったく見られない。


「あの」

「んー?」

「シンクさん、お仕事は何をされているんですか?」


 失礼という自覚を持ちつつ、チサトは問いかけた。

 最悪、ツムギが誑かされているような、言葉を選ばなければ、ヒモのように利用されている可能性もある。

 そうであれば、自分がなんとしてもツムギの目を覚まさせ、引き離さなければならない……という使命感も覚えていた。


「ふふん」


 そんなチサトに、シンクは得意げな笑みを返す。


「わたしはね、チサト。トレーダーなのだよ!」

「トレーダー?」

「知らないかい? トレーダーっていうのはね……家でゴロゴロしながら、たまにパソコンを見て、なんか株を買ったり売ったりお金を稼ぐ人のことさ!」


 実にふわっとして、偏見に満ちた職業説明だった。

 当然、嘘だと誰にでも分かる。


「まさか、働いていないんですか」

「え、バレた」

「…………」


 チサトは冷たい視線を向けつつ、ツムギを庇うように自分に引き寄せる。

 そんなツムギはシンクのガバガバな説明に半目を向けつつ、咄嗟にフォローに回った。

 

「シンクは……あれだよね。ファイアってやつ!」

「……ファイア?」

「経済的自立とか、早期リタイアとか……とにかく、若くしていっぱい稼いだから、お仕事やめてお休みしてるんだよね!」

「えっへん」

「胸を張ることなんですか……いや、そうかも?」


 チサトはシンクが不死の吸血鬼であることは知らない。

 彼女にとってシンクは、免許証で見せられたとおり、22歳の、少し年上の女性だ。

 そんな若さで、もう一生遊んで暮らせるお金を持っているというのは、冷静に考えれば十分凄いと言えるだろう。


 ……ただ実際は、人間の一生よりも遥かに長い時間を掛けて、じわじわ貯めた資産を切り崩しているだけなのだけれど。


 チサトは改めてシンクの部屋を見渡してみる。

 大金を稼いで悠々自適な早期リタイア、と言うには少々(大家の娘であるツムギには悪いが)質素な暮らしと思わざるを得ない。


 キッチンは独立しているとはいえ、私室は六畳ほどの広さの和室。

 置いてる家具も目立つのは部屋中央のちゃぶ台と、隅に置かれたデスクトップパソコンくらいのものか。


「それ、気になるよね~」

「う、うん」

「それはだね。若き天才トレーダーの必需品――」

「株取引なんてやったことないでしょ。それに若くないし」

「むむっ、手厳しいなぁ」


 シンクはやれやれと肩を竦める。

 ツムギの指摘は全て漏れなく事実なので、なんの反論もできなかった。


「シンクはスマホが使えないの。だから調べ物とか、さっき言ってた動画見たりってのは全部このパソコンでやってるんだよね」

「えっ、スマホ使えないんですか!?」


(もしかして、脛に傷持ちで登録さえできないとか……?)


「タッチパネルと相性悪いんだって。画面触れても全然反応してくれないの」

「……なるほど」

「あと自動ドアも苦手なんだよね。結構無視されがちで。だからここから一番近いコンビニじゃなくて、二つも遠い手動ドアのあるコンビニにわざわざ通ってるんだよ」

「むぅ……ツムギ、人の苦手をそう言いふらすものじゃないと思うよ」

「え? あっ、ごめんシンク!」


 怒らずともしょんぼりするシンクに、ツムギはしまったと焦る。


 つい無自覚で、チサトに対して「自分の方がシンクに詳しく仲が良い」アピールをしてしまっていた。

 それは子供じみた独占欲からくるものだが、それでシンクを傷つけてしまったら最悪だ。


「でも、シンクの良いところはたくさんあるから! 例えば……ほらっ、凄い美人だし!」


 ツムギは慌ててフォローしようとシンクを褒めそやす。


 そんなツムギの姿を見て、チサトは目を丸くする。


(箕作さん、やっぱり学校とは全然違うな……)


 学校でのツムギは周りから一目置かれ、どちらかといえば中心にいることが多い。

 傍からは見えない気苦労はあるかもしれないが、少なくとも傍から見ているチサトからはのびのび自由に過ごしているように見えていた。


 しかし、シンクの前ではまるで逆。

 ひとつひとつの反応を注視して、大げさにはしゃいだり、慌てたり……とても疲れそうに見える反面、チサトには学校で見るよりもずっと生き生きして感じられた。


(なんか、尻尾をめいっぱい振って気を引こうとする子犬みたい)


 ツムギのお尻にそんな幻覚を見た気がして、口元を緩めるチサト。


 チサトには弟が一人いる。愛犬も飼っている。

 だからというわけでもないが、ツムギにこんな一面があると思えば、不思議と親近感が膨らんだ。


「そうだ。チサトもいるし、ちょうどいいものがあるんだ」


 不意にシンクが切り出す。

 そうして、なぜか得意げに口角を上げつつ押し入れに向かうと、そこから明らかに手をつけていなかったであろう、ろくに指紋もついていない『いいもの』を取り出した。

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