第14話 吸血鬼、新しいおもちゃを見せびらかす
「そうだ。チサトもいるし、ちょうどいいものがあるんだ」
そうシンクが得意げに見せつけたのは……箱に入ったままのゲーム機だった。
「えっ、エヌテンスウィッチじゃん! 買ったの!?」
「うん。つい昨日届いたばかりだけど」
エヌテンスウィッチとは、国内有数のゲーム製作企業、エヌテン社から発売されているゲーム機だ。
大人から子どもまでみんなで遊べる、がコンセプトで、エヌテン社製の魅力的なキャラクターが活躍する多人数向けのゲームが多く発売されているのが特徴だ。
「ちょっと動画に触発されてね。気が付いたらポチってた」
「動画って……もしかして、さっき言っていた興味深い動画って実況プレイ動画ですか?」
「あっ、うん」
うっかり、と一瞬驚いた顔を浮かべつつ、頷くシンク。
「ちーちゃん、実況動画とか詳しいの?」
「あ、いや、弟がそういうの好きで。たまに一緒に見たりするって感じかな」
「へぇ~。実はあたしも結構見るよ。ゲームもわりと好きだし!」
「そうなんだ。なんか意外」
「それこっちの台詞! ていうか弟さんいるんだ。いーなー。あたし一人っ子だからさぁ」
思わぬ共通の話題に会話を弾ませる二人。
それを尻目に、シンクは「いつの間にちーちゃんなんて呼ぶようになって……仲良くなったね」とほっこりしつつ、いそいそとゲーム機のセッティングを進める。
シンクの家にはテレビが無いので、出力先としてデスクトップパソコン用のモニターにケーブルを繋ぐ。
「そういえばシンク。三人いるけどコントローラーってあるの?」
「ふふん、見くびらないでほしいな、ツムギ」
待ってましたと言わんばかりに、シンクは再び押し入れに手を突っ込む。
そして、新たな段ボールを引っ張り出すと、その中から三つ、これまた新品のコントローラーを取り出した。
「わたしは友達と一緒に遊ぶ予定がなくても、最初から人数分のコントローラーを揃えておくタイプなのさ!」
元々ゲーム機についてくるコントローラーがひとつあるので、合わせて四つ。
出番が無いまま埃まみれになるパターンもあるが、揃えば揃ったで満足度は高い……とシンクは自分を納得させている。
「というわけで早速……あ、初期設定とかあるんだ。めんどくさ……ちょっと待ってて」
起動と同時に表示された初期設定のアナウンスに、露骨にげんなりするシンク。
当然、規約なんぞ一瞥も無く読み飛ばし、最短最速で進めていく。
「ええと、Wi-Fiのパスワードは……ツムギ、なんだっけ?」
「ちょっと貸して。代わりにいれてあげる」
「……もしかして、Wi-Fi、箕作さんのを借りてるんですか」
じとっと、警戒する視線を受けつつ、シンクは首を横に振る。
「わたしが貸してるんだ、ツムギに」
「シンクの回線速いから」
「そ、そうなんだ」
予想とは逆の展開に、チサトは唖然とする。
勝手にシンクを下げて見ようとしてしまっていたことへの申し訳なさと同時に、自分の中のツムギ像が剥げていくような感覚。
……いや、ある意味、どこかちゃらんぽらんなところは、世間一般でいう『ギャル』のイメージに合っているかもしれないが。
「よし、準備おっけー。あー疲れたー」
初期設定が終わり、シンクが仰向けに寝転がる。
「ちょっとシンク。まだ設定終わっただけでしょ」
「うーん、それとない達成感が」
「ゲーム、やるんでしょ~!」
「うぅ、やるますやるます……」
いったりきたりな評価はともかく、まるで姉妹のような気安いやりとりを眺めつつ、チサトは苦笑するのだった。
◇
エムオカート・インフィニティ・スペシャル。
それがシンクの用意したゲームだった。
エヌテン社の看板キャラクター、エムオ。
そのシリーズ作品に登場するキャラクター達がカートに乗って競争するといったレーシングゲームである。
「エムオカートかぁ」
「ちーちゃん、やったことある?」
「弟が好きだから、たまに付き合わされてる」
「そうなんだ。あたし、WRYならやったことあるんだけど……」
「たぶん、操作は殆ど同じだと思うよ」
マキオカートWRYは、エヌテン社がスウィッチより15年以上前に出したゲームハード、WRYのソフトである。
決して、突然叫び出したわけではない。
「ぷはぁ。うめぇ~」
「あっ! シンク、いつの間にかビール飲んでる!」
「これからレースゲームやるのに……飲酒運転なんじゃ」
「着付け剤!」
あっという間に一缶飲み干したシンク。
運転免許証を持ちながら、運転(ゲーム)前に着付け剤と称して飲酒をするのは、少々不安を煽る気もするが……。
「だいじょぶ、わたしペーパードライバーだから」
「……そうですか。あまりそうカッコつけて言うことじゃないと思いますが」
「ふふふ。それにあまりわたしを舐めないでほしいね。こう見えて、ゲームにはそこそこ年季が入っているんだ。今でも思い出すよ、ピーステ2を買うために長蛇の列に並んだあの頃を……」
――カシュッ。
「あーっ!」
ニヒルに笑いつつ、さりげなくもう一缶開けるシンク。
……ちなみに、ピーステ2の発売日は現在より20年以上昔。
シンクの、22歳という設定的には色々おかしいが、誰もそんなことには気が付かない。
そもそも、今の子は20年以上前のゲーム機なんて知らない。
「華麗、可憐に一位を手にし、勝利の美酒を楽しませてもらおう。今日はアレしてビールかけだ!」
「うー……どうせ楽しむなら、あたし達も楽しめるのにしてよ! こうなったら……ちーちゃん! 絶対、ぜーったい勝って、不味いお酒飲ましてやろ!」
「う、うん。頑張るよ」
二人のテンションに押され、ぎこちなく頷くチサト……だけれど。
(勝負……。シンクさんと、勝負……!)
そう思うと、なぜか血が熱くなるような、たかだかゲームだと分かっていても、妙にやる気が湧いてくる。
「本気で来たまえ。子ども相手に手加減する趣味はないからね。大人の力を見せてやろう。ふふふふふ……はーっはっはっはっ!」
どこぞのラスボスのように高笑いするシンク。
こうして、不死の吸血鬼と二人の女子高生――特に世界の命運も何も賭けていない勝負が始まるのだった……!!
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