第15話 吸血鬼、勝負する

 エムオカートではまず、それぞれが操作するキャラクターの選択から始まる。

 同じキャラは選べないので早い者勝ち。もちろん、それだけが勝負が決まるほどの、圧倒的な能力差は設定されていないものの、まったく個体差がないわけでもない。


「くくく……わたしはケイッパを選んだ……!」


 シンクはすぐさま、エムオシリーズ往年のラスボス、ケイッパを確保する。


「ほぅ、ツムギはベビィエムオ。チサトはワイッシーだね……!」

「なんか赤ちゃん可愛くない?」

「ワイッシーはいつも弟が選んでるから、使ってみたくて」

「ふふふ……甘いね、二人とも」


 シンクは見事なしたり顔を浮かべる。


「エムオカートにおいて、重たいキャラの方がスピードが速いんだよ。それに重量だってあるから、ぶつかったって吹っ飛ばされない! だからこそ、上級者は皆重量キャラを選ぶのさ……つまり! この時点で勝負はついたようなもの!」

「「……」」


 明らかに動画で聞きかじった知識。

 全く的外れというわけでもないが、致命的に欠けているものもある。

 二人もなんとなく気付いているが……自信満々なシンクに直接指摘するのは野暮で、気が引けた。


「さぁ、レーススタートだ!」


 シンクは勝利を確信しつつ、この後に味わう美酒に胸を躍らせながら、レース開始を宣言するのだった。



 それから、数分後。


「……あれ? わたし、まだゴールしてないのにレース終わっちゃったんだけど」


 順位が確定したので、レースを終了します。

 その表示とともに、ケイッパのカートが止まる。


 それは足切り――最下位のみに迎えられる栄誉(苦笑)であった。


「ちーちゃん上手いねぇ!背中も見えなかった~」←2位

「弟に付き合わされたおかげでコースが頭に入ってたおかげだよ。箕作さんこそ全然ミスしてなかったし、センスあるよ」←1位

「えっへへ、次はもうちょっと善戦してみせるから!」←2位

「おかしい……有り得ない……!! ケイッパは最強の筈なのに!」←12位


 結果は非情。

 自信満々だった分、この大敗は悔しい以上に、恥ずかしい。


「あのさ、シンク?」

「なに……?」

「確かに大型のキャラは重たくて最高速も早いと思うんだけど、その分加速が遅くて、コース外に出ちゃったときの減速がきついっていう欠点があって……」

「え?」

「あと、加速アイテム無しにショートカットに突っ込むのは、さすがに厳しいと思います」

「走りながらよく見てたね、君たち……!?」


 動画視聴で知識ばかりを仕入れていたシンクは、ステージに設置されたショートカットも熟知していた。

 しかしその殆どを利用するには加速アイテムが必須。

 それがなければ悪路に足を取られたり、スピードが足らずに穴に落ちてしまうのだが……シンクはそんな基本的なことに、全然気が付いていなかったのである。


 さすがに二人も、哀れすぎていたたまれなくなった様子。

 最初は対抗心を燃やしていたチサトですら、真っ当なアドバイスをせずにはいられなかった。


「まさか……そんな罠が仕掛けられていたなんて!?」


――カシュッ。


「なんでそこでビール開けるの!?」

「止めないでくれぇ! 最下位で追ったダメージを癒やすためにも、飲まずにはいられないんだ!」

「なんでもいいから飲みたいだけでしょ!?」

「ていうか、さっき勝利の美酒がどうこうって言ってませんでした……?」

「敗北の苦酒もまた、敗北したときにしか飲めないから……ちゃんと味わっておかないともったいないというか……」

「やっぱりなんでもいいんじゃない!」


 女子高生二人に呆れられつつ、シンクはビールと敗北を交互に味わっていく。

 心の傷にビールの苦みが染み渡る。ビールとは、人生の酸いにも甘いにも寄り添ってくれる最高のパートナーなのである。


 しかし、シンクとてただ無為に負けを繰り返すわけではない。


「ショートカットは、加速アイテムを取ったときだけ……」


 8位。


「わたしにはケイッパの溢れ出るパワーを押さえるのはムリだ……だったら、軽量級のケイッパジュニアで!」


 4位。

 徐々に、しかし確実に順位を上げていく。


 ゲームに慣れ、動画で得た知識が花開き始めたか。

 それとも不死――人間には想像もできない長い時間積み上げられた経験が力を貸したか。

 

「し、シンク……?」

「むむ……!」


 最初は苦笑していたツムギとチサトも、そのシンクの上達っぷりに息を飲む。


(シンク、お酒飲めば飲むほど運転が上手になるの……?)

(……面白い。倒しがいのないまま勝っても、つまらないし)


 片や引き、片や闘志を燃やし……しかし、タイムリミットは着々と迫っていて。


「あっ、ボク、そろそろ門限が……」

「じゃあ次が最後のレースだね。燃える展開じゃないか」


 のぞむところだ、と目を輝かすシンク。既に彼女の頭にあるのは、ひとつ。


 これだけの苦汁を飲まされたのだ。

 きっと、勝利の美酒はとんでもなく美味いに違いない。


「むぅ……なんか無視されてる気がするんですけど。言っとくけどシンク、まだあたしにも勝ててないんだからね?」

「なるほど。つまりツムギはこう言いたいわけだ。チサトと戦いたければ自分を倒してから行け、と」

「言ってないけど!? ただ、ちょっとはあたしのことも…………ううん、やっぱいい」


 思わず上げかけた抗議を、チサトはぐっと飲み込む。

 そして、言葉にする代わりに、強い闘志を漲らせた。


(いいもん。シンクがそういう感じなら、嫌でも振り向かせてやるんだから……!)

 

 自分以外の誰かと仲良くするのはいい。

 けれど、自分が一緒にいるのに、別の人ばかりを見ているのは気に食わない。


「シンクの言う通り。斑鳩さんと戦いたいなら、まずあたしを倒してからにしてよね!」

「ふふふ。それこそ望むところだよ、ツムギ」


 こうして、三者の思惑渦巻く中、雌雄決する最終レースの火蓋が今まさに切って落とされようとしていた……!!!

 

 

 

 

 

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