第16話 吸血鬼、決着をつける
突如として始まった、エムオカート・インフィニティ・スペシャル、大決戦。
その最終コースを決定するためのランダムルーレットが回る。
エムオカート・インフィニティ・スペシャルにおいて、最初から解放されているコースは、全部で48ステージ。
当然、一日で網羅しきれる数ではないため、初めてこのゲームを遊ぶシンクとツムギにとっては、初体験のコースばかり走ることになる。
対し、チサトは弟といくらか遊んだ経験があるため、殆どのコースを体験している。つまり絶対的に有利な状況だ。
ただし、この有利が覆る可能性も存在する。
それは、このランダムルーレットで、今日一度遊んだステージをもう一度引き当てること。
もしもそうなれば、経験の差は縮まり、チサトのアドバンテージは僅かなものとなる。
勝負は、レースが開始する前から始まっているのである。
――ピピピ、ピ、ピ……ピ…………。
カーソルが徐々にゆっくりになり、コースを決定する。
その瞬間を、固唾を呑んで見守る三人。
そして、すぐにその時がやってくる――。
「……え?」
「あっ」
「う……!?」
選ばれたステージを見て、三者三様の……苦悶を浮かべた。
それは、今日初めて遊ぶコースだった。
シンクは呆然と目を丸くした。
当てが外れたというのもあるが……実況動画でエムオカートを予習していたシンクは、そのステージに見覚えがあったからだ。
彼女が見ていた動画、その実況主が、涙目に絶叫する姿が脳裏に浮かぶ。
ツムギは思わず、口を半開きにして固まった。
彼女はこのバージョンのマキオカートを遊んだことが無い。しかし、選ばれたコースは見たことがあった。
なぜなら、それはマキオカートにおいて必ず登場する、伝統的なコースだったから。
チサトは最悪と言わんばかりに、眉間に皺祖寄せた。
当然彼女はこのコースを遊んだことがある。全貌を知っている。
しかし、経験が必ずしもプラスに働くとは限らない。
むしろ苦手なイメージを植え付けられれば、無知以上に恐怖を抱き、及び腰になってしまうことも十分起こりえる。
勝負への高揚が冷め、今日ひたすら1位を取り続けた事実がそっくりそのままプレッシャーへと変わり、心臓が嫌な音を立てる。
(まさか)
(さ、最後の最後に……)
(このコースがくるなんて!)
画面に表示されたコース名は「ギャラクシーロード」。
エムオシリーズ伝統の、最難関、ファイナルステージ。
このコースでは悪路という概念がなく、狭い道を外れれば即コースアウトになってしまう。急カーブも多く、適切にドリフトを切れなければ落下ばかり繰り返し一向に進めない事態もしばしば起こりうる。
そんな初心者殺し――いや、初心者お断りのこのコースに三人は最後の最後で挑むこととなった。
そして――。
「えーとぉ……ど、どんまい! 二人とも!」←8位
「やっとゴールできた……なんでこんなに苦手なんだろ……」←11位
「また足きりされたんだが!?」←12位
なんとも歯切れの悪い結果を出しつつ、第一回エムオカート『シンク宅杯』は幕を閉じたのだった。
◇
「と、いうことがあったんだ、っと……これでよし」
その日の夜、時計の針が天辺をすぎて少し経った頃。
シンクはデスクトップパソコンのキーボードを慣れた調子で叩きつつ、メッセージをしたためる。
スマホを持たないが故にSNSの類いはやっていない彼女だが、かつてはとあるネット掲示板に潜り数年をただそれだけで消費した経歴の持ち主。
淀みないブラインドタッチで文面を書き上げ、ターンッと高らかにエンターキーを叩いて送信した。
ちょうど相手もアプリを開いていたのか、数秒の間を置いてチェックマークがつく。
『ほう、貴様もエムオカートを買ったのか! では今度、共に興じようぞ!』
尊大ながら、子犬が尻尾をぶんぶん振っているような、そんな勢いあるメッセージ。
しかし、シンクがしたのはそのエムオカートでボコボコにされた話だ。
そんなウキウキするような反応は少々そぐわない気がして、シンクは画面越しに苦笑する。
『わたし、下手くそだよ』
『クックックッ。下手だからとてゲームを興じる資格が失われるわけではない。妾もまだ発展途上だしな!』
『いやいや、きみは世界を相手に戦っているわけで』
『ならば練習と割り切るのはどうだ? 妾も練習したいと思っていたのだ!』
(練習かぁ……)
『でも、忙しいんじゃない?』
『クックックッ。暇など作るものだ。せっかくなら通話もしてみたいぞ!』
(あ、通話しながらとかできるんだ。今の子は進んでるなぁ)
『でもわたし、スマホ持ってない』
『え』
少し返信に間が空く。
それほどスマホがないことは衝撃だったらしい。
『問題無い。このチャットツールで通話もできるからな』
『へぇ~……』
『パソコンにマイクはついているのか?』
『ついてないかも。まあでも買ってくるから大丈夫』
『ちゃんとしたのでなくても、ヘッドセットとかでも大丈夫だと思うぞ!』
「ヘッドセットかぁ。アパートだし、そっちの方が近所迷惑にならないかな」
チャットしつつ、別窓の通販サイトでヘッドセットを検索してみるシンク。
その中から値段と機能面両得な雰囲気の、2万円程度のヘッドセットを早速注文する。
「……はっ。いつの間にか一緒にやる流れになってる……まあ、いいか」
向こうがいいと言っているのだ。
基本暇を持て余しているシンク側に断る理由は無い。
(そう、頑張ってるこの子の応援になるなら、なんだって……)
相手側の、チャットツールに設定されたプロフィールアイコンを開く。
設定されているのは写真ではなく、イラスト。
金色の髪の、あどけない顔立ちの美少女。
その瞳は、シンクと同じ色をしている。
シンクはその子の素顔を知らない。しかし、声と名前は知っている。
いや、シンクだけが知っているわけじゃない。
彼女は約50万人から注目、支持を集める、ネット配信界のアイドル。
シンクはつい最近、その存在自体を知ったが……今爆発的に認知と人気を伸ばしているという、アバターに身を包み、演じる、二次元と三次元のいいとこどりをしたような、そんな生き物。
近年では、『Vtuber』という呼び名で呼ばれるストリーマー達、その一人。
シンクが最近、時間も忘れて過去配信を追う程に注目し、ひょんなことからこうして直接チャットで話すような間柄になった女の子。
「ラキュア・トワイライト……」
またの名を、『ネットの海に降臨した不老不死の吸血姫』である。
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