第17話 吸血鬼、背徳の日を満喫する
背徳の日。
そう呼ばれる特別な日が、月に何日か存在する。
背徳を数字に直すと、8・1・10・9。
それらの数字が下一桁に来る日――即ち、1日、8日、9日、10日、11日、18日、19日、20日、21日、28日、29日、30日、31日。
月の12(13)日が、それに当たる。
……と、不死の吸血鬼、シンク・エルヴァナは勝手に言っている。
とはいえ、月の約半分を背徳していたら、あまりに背徳しがいがない。ただの徳の無いやつだ。
背徳というのは、普段抑圧された生活を送っているからこそ、爆発させたときの旨味が増すもの。
というわけでシンクは――いや、背徳の日は、『背徳の日を背徳せずに消費することで、背徳ゲージが溜まる』というルールを設けることにした。
背徳の日を背徳に過ごさない背徳……なんとも頭痛が痛くなる言葉の並びだが、とにかく様々な手段で背徳ゲージを詰み、特定の背徳の日に爆発させることでより濃密で甘美な背徳の時を過ごせる、というわけだ。と、シンク・エルヴァナは言う。
「フフフ……」
深夜3時。
シンクはキッチンに立ちほくそ笑む。
(今月はスーパー背徳ウィークもゲージ溜めに勤しんだからね。相当背徳ゲージは溜まっている筈だ!)
スーパー背徳ウィークとは、31日まである月から翌月の1日を足した、前月28日から当月1日までの5日間の総称である。
そのスーパー背徳ウィークさえも背徳せずに過ごしたシンク。おかげで彼女の背徳ゲージは中々とてつもない高まりを見せていた。
背徳したい。人の道に背きたい。そんな欲求が彼女に力を与え……そして、ビールを美味しくするのだ!!
……と、シンクは言う。
「というわけで、今日は料理を披露いたします」
誰にでもなく、実況するシンク。
まな板の上に、今日スーパーで買ったばかりの鶏もも肉を広げる。
「不死たるわたしには、サルモネラだのカンピロバクターだの通用しないが……ククク、良い子の皆が真似しないように、しっかり加熱してやろう」
誰が見ているわけでもないが、とりあえず良い子に気遣うシンク。背徳とは?
「普段料理をしないわたしが、あえて料理をする……ククク、悪魔も恐れぬ所業よ。背徳の方が裸足で逃げ出すかもしれないなぁ!」
……らしい。
「ええと、フライパンを用意して、焦げ付かないよう油を敷いて……火はここを捻るんだっけ?」
おずおずと、ガスコンロのつまみを捻るシンク。
バチッという音に、一瞬びくっと肩を振るわせつつも、なんとか火をつけることに成功する。
ツムギが料理する場面を見ていて良かった、とほっとしつつ次の行程へと進む。
「ククク、我はパリッと焼かれた鶏皮が好きなのだ……あれは実にビールに合う」
口の端から溢れ出た涎を拭いつつ、鶏もも肉を皮面からフライパンに投入。
ジュウウ……という肉の焼ける音、香ばしい匂いがキッチンに溢れ出した。
「うひょお~! ……っと、ガマンガマン」
ついビール缶に手を伸ばしかけ、自制する。
どうせなら最高の瞬間に最初の一口を楽しみたい。
こうして、あえてビールを我慢することで背徳ゲージも更に溜まっていくのである。
「皮はパリッパリ~♪ 肉はプリップリ~♪」
塩こしょうが一緒になったヤツを鶏もも肉にぶっかけ、素手でもも肉を裏返す。
そしてまた塩こしょうが一緒になったヤツをぶっかけ、水を少し投入。フライパンに蓋をして蒸し焼きにしていく。
「こういう高等テクニックも知っているのさっ、わたしは!」
ドヤ顔を浮かべるシンクだが、すぐにハッと表情を改める。
「そうだ、あれを買ってたんだった!」
シンクは戸棚に走り、まだ梱包されたままの箱を取り出す。
中に入っているたのは……ピカピカの中ジョッキだった。
「ククク……今日のために大事にとっておいたのだぁ!」
そして、冷蔵庫から缶ビール――ではなく、一本だけ入っていた瓶ビールを取り出す。
「グラスではなく、ジョッキに瓶ビールを注ぐ……これもまた背徳ッ!」
ツムギがいれば「何でも良いんでしょ!」とツッコみそうな場面。
シンクは瓶ビールに愛おしそうに頬ずりしつつ、その時を待つ。
「おっと、フライパンの中の水分が無くなってきたみたいだ」
火から目を放しつつも、注意は逸らさず、しっかり火が通ったタイミングで火を止める。
料理経験は殆ど無くとも、知識を仕入れる時間だけはいくらでもあったことが功を奏した形だ。
「ふおぉ……良い香り……!」
蓋を開けると、肉と胡椒の焼けた良い香りがシンクを襲う。
「お皿……は、いいか。なんたって背徳の日だし! うん!」
決して、一秒でも早く食べたいから気を早くしているのではない。
背徳の日を楽しむため、シンクは早速ジョッキにビールを注ぐ。
本当は居酒屋みたいなビールサーバーでもあれば、きめ細かな泡まで楽しめるのだが……無い物ねだりをしても仕方がない。
とはいえ、たまに近所の居酒屋に足を伸ばす彼女にとっては、瓶ビールの扱いもお手の物。
ジョッキ相手というレアな状況ではあるが、なんとかいい塩梅で泡を作り出すことに成功した。
「ふっふっふっ。我ながら中々の背徳っぷりだ。さあて、このままぐいっと一杯行きたいところだけれど……全力で楽しむなら、まずは肉だ!」
シンクは熱々の鶏胸肉をガシッと素手で掴むと、そのまま一気にかぶりつく!
「んんッッッ!!!」
そして、間髪入れずにビールを煽る。煽り、煽り――一気に飲み干す!!
焼きたての鶏もも肉から溢れ出る肉汁とビールの麦芽が絡み合い、喉の奥で爆発する。
脂と炭酸。この世で最も相性の良い名コンビに、シンクは当然抗えない。逆に飲まれてしまう。飲まれるしかない。むしろ飲まれたい。
飲み込まれ飲み込まれ……幸せという渦の底へと堕ちていく。
「ぷっ、はあぁ~!」
溜息一つさえ余すこと無く味わい尽くす。
さらにこの時間――深夜三時。
人々の多くが眠りにつく静寂の中では、何をしたって美味い。
もちろん、背徳の日だろうがなんだろうが、近所迷惑はNG。
本当ならもっと思い切り叫び、幸せを全身で表現したいところではあるが――しかし、声を押し殺し、ひっそりとこの時間を楽しむのもまた、背徳だ。
肉を囓り、ビールを注ぎ飲み干し、肉を頬張り、瓶から直飲みし――あっという間の宴が終わる。
「あー……さいこー……」
空になったビール瓶を床に転がし、肉を焼いたフライパンはそのままに。
ただ肉を掴んだ手だけを洗って、万年床へと転がり込む。
そして、程なくして気持ち良さげな寝息が立ち始めた……。
こうして、今宵の背徳の日は終わりを告げるのだった。
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