第18話 吸血鬼、不死の吸血姫系VTuberと出会う
シンクが『ラキュア・トワイライト』の動画を見つけたのは、約一ヶ月も前のこと。
よく使う動画配信サイト『TerraTube』のおすすめ欄に、彼女の切り抜き動画が上がっていたのがきっかけだった。
「『不死の吸血姫様、ガチャ大爆死でいじけてしまう』……?」
その動画のタイトルに、シンクは心引かれた。
吸血姫――おそらく吸血鬼と同じ読みだろう。
つまりは同族――しかも頭には不死とついている。
(わたしは姫なんて呼ばれたことはないけど……)
ビールを飲みながら、名前で検索を掛けてみると配信元のチャンネルが出てきた。
とりあえず、直近に行われた生配信のアーカイブを開いてみる。
『諸君、ようこそ我が配信へ!』
「ん、声の感じから、肉体年齢は二十代くらいかな? ……いや、こんな推理、当てにならないか」
シンクは溜息を吐きつつ、肩の力を抜く。柄にも無く妙な緊張を覚えていた。
シンクも、このラキュアのような配信者、『Vtuber』という存在は知っていた。
ちゃんと見たことはなく、なんとなくこういう生き物なんだろうな~という程度だが。
アニメキャラクターのような突飛な設定を持ち、あたかも画面の向こうに実在しているかのような、コミカルな面白さを持った動画配信者達。
元々、動画配信者達は『TerraTube』と掛け合わせて、『TerraTuber』と呼ばれている。
そこから派生して、バーチャルテラチューバー。それを短くして『VTuber』というわけだ。
このラキュア・トワイライトもその系統。
十中八九、『不死の吸血姫』というのはあくまで設定、ロールプレイにすぎないのだろう。
(……けど、そうじゃないかもしれない)
事実として、この世界には自分という不死の存在がいる。
一人いれば、二人いてもおかしくない。
ぼーっと動画を眺め、二時間程度のアーカイブが終わる。
シンクはチャンネルを遡り、一年以上も前の、初配信アーカイブを開いた。
『は、初めまして! ……じゃ、なかった。えと……よ、ようこそ! 我が血塗られた……いや、血塗られたはマズいかも。えと、えと……ようこそ我が夜の宴へ!』
今と違い、随分とぎこちない挨拶。
ラキュアのわたわたとする姿に、シンクは頬を綻ばす。
もしも、彼女が本当にこの設定通りの存在だったら――そう思った方が、面白い。
◇
それから暫く経ち――。
シンクは積み重ねられたアーカイブを遡って消化していくと同時に、タイミングが合えば現行の生配信も見るようになっていた。
ラキュアの配信は雑談(コメント読み)をしたり、ゲームを遊んだりというのが多い。
生配信中は他視聴者からのコメントも見られるが、皆ラキュアのことを気に入っているようで、シンクは自分のことのように安堵していた。
(ネット、怖いもんなぁ……)
かつて彼女がネット掲示板に張り付いていた頃は、少し気を抜けばすぐにレスバ(レスバトル、即ち議論という名の暴言の投げ合い)に巻き込まれたものだ。
何度煮え湯を飲まされ、年甲斐も無く泣きそうになったかは覚えていない。
おかげでネットでのやりとりには、些か苦手意識を抱いてしまった。トラウマと言ってもいい。
その点、彼女――ラキュアは頑張っている。
探せば、彼女個人、そしてVTuber界隈全体への批判なんてすぐに見つかる。
有名になればなるほど、気に食わないと噛み付く輩も現れるものだ。仕方がない。それが人間という生き物なのだから。
けれど彼女はそんな荒波にも負けず、自分を信じてついてきてくれるファン(眷属と呼ばれている)の為に楽しい配信を続けている。
決して楽しいことばかりじゃないだろうに、落ち込んだり怒ったり、それらのマイナスな感情もあくまでエンタメにしようと努力をしている。
「わたしだったらできないな」
ラキュアの生き様は、まるでシンクとは真逆に感じられた。
悠久の、終わりのない生を続ける中でシンクが辿り着いた現在の生き方は、できるだけ世界に影響を与えまいとするもの。
世界中に自分の存在を晒すなど、考えたことも無かった。
だから、聞いてみたくなった。
彼女はどうして、こんな生き方を選んだのか。
「…………」
シンクは悩んだ。
迷惑かもしれないし、怖がられるかもしれない。
悩みに悩みに悩んで……公開されているラキュアのアドレスに、メールを送ってみることにした。
返事が来なければ、それでもいい。
ただ応援していると、これからも頑張ってと伝えたかった。
「えっと……はじめまして。突然のご連絡すみません。当方――じゃなくて、わたくしも不死の吸血鬼をやっておりまして……」
頭の中で文章を思い浮かべ、口に出して確かめつつ、文面をしたためていく。
既に、シンクの頭の中からは、「不死の吸血姫というのはただの設定かもしれない」という懸念は消え去っていた。
◇
そして翌日。
「じゃあね、シンク。あまり夜更かししちゃ駄目だよ? お酒もほどほどに!」
「うん、今日もありがとツムギ。ご飯美味しかった」
晩ご飯を作ってくれたツムギを見送り、シンクはデスクトップパソコンの前に座る。
そして、動画を見ようとブラウザを開くと――メールに新着のアイコンがついていた。
「ん?」
すぐにメーラーを開いてみると、期待通りというべきか……昨日送信したアドレスから返信が送られてきていた。
シンクはあまり緊張する性分でもないが、自分から一方的に送りつけたメールへの返信ともなると、多少メールを開く手が固まるというもの。
しかも、ここ最近はすっかり彼女の動画を見ながら晩酌にしゃれ込むのが日常になっていて、もしも拒絶でもされようものなら三日は寝込むだろう。
(……いや、こうやってまごついていても、メールの文面が変わるわけじゃないんだけど。それに、ただ応援してますって伝えたかっただけなんだから、そう変なことは書いてないはず! ……はず)
ほんの少しの恐怖と緊張を覚えつつ、シンクは意を決してメールを開いた。
『初めまして。メール、ありがとうございます!』
予想に反した軽やかな文面に、シンクは面食らう。
『普段はあまり、お返事とか控えさせていただいているんですが、シンクさんのメールがすごく嬉しくて……とても元気をいただきました』
配信で見る高慢なお姫様といった雰囲気の尊大な口ぶり(よく崩れるけれど)とは異なる、非情に丁寧な文章。
一瞬別人かもと思ったが、よくよく考えると、不意に崩れた時に見せる一面に似ている気もした。
『今までもたまに、自分が吸血鬼だって名乗る人もいたんです。でも、シンクさんのメールはなんだか真実味があるというか、ものすごくリアルで、読んでいて楽しくて』
シンクとしては、ラキュアへの応援の意味で素直な気持ちを一方的に書き連ねただけなのだが、それがお気に召したらしい。
確かに、リアルといえばリアル。混じりけ無く本物の不死の吸血鬼なのだから、リアル以外の何物でもない。
『もしもよろしければ、またメッセージいただけると嬉しいです。なんだか、もっとシンクさんと話してみたくて』
「えっ!」
『emotionやってますか? よろしければ、そちらでやりとりできるとすぐに反応できてありがたいです!』
「なんか出会い系の有料サイトへの誘導っぽい感じになった!」
シンク・エルヴァナ。
長く生きた分、いらない知識も多い。
「え、えもーしょん……あっ、そういう名前のチャットがあるんだ」
検索してみるとスマホでもパソコンでも使えるコミュニケーションツールが出てくる。
もう少し深掘りして調べてみると、チャットツールとして世界的に広く使用されているらしく、基本無料で特に危険はないとのこと。
「いたいけな同胞を疑ってしまった……すまない、ラキュア」
シンクは反省しつつ、さっそく登録して自分のアカウントを発行する。
そして、アカウントの特定に必要なフレンドコードを発行し、メールに貼り付けて返信――。
「あっ、もしかして社交辞令だった可能性も」
と、思ったが時既に遅し。送ったメールは一瞬で相手に届き、もう取り消しが効かない。
それから一時間ほど後、ラキュアからemotionにフレンド申請が送ってくるまで、シンクは踏み込みすぎてしまったかどうか、悶々と頭を捻らすのだった。
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