第19話 吸血鬼、配信を見守る

 そんなこんなで、不老不死の吸血姫を名乗るVTuber、ラキュア・トワイライトとチャット友達になったシンク。

 配信後にその感想を送ったり、お互い日常の中であったとりとめない雑談などを、チャットで送りあうようになっていた。


 とはいえ、シンクからすればラキュアとの関係は同胞以上に、ファンと信奉対象。

 だからこそ、勘違いしてはならない。


(踏み込みすぎず、ちゃんと配信も見る。わたしは分別をしっかりつけるタイプなのさ)


 ふふん、と誰にでも無く誇るシンク。

 ちなみに、最初のメールの戻しこそ丁寧な言葉遣いだったものの、emotionを使い始めてからラキュアの口調は、配信で使うような妾口調になっていた。


 さて、そんなこんなありつつ、シンクは今日も、ラキュアの生配信をばっちり見守っていた。

 今日は『エムオカートで10位以下になったら即終了』という企画を行うらしい。


 ラキュアは一人向けゲームを実況することもあれば、こうして多人数プレイのゲームを遊ぶこともある。

 シンクもつい最近、ようやく初めてエムオカートに触れた身。今までは傍から眺めるだけだったが……いや、今も傍から眺めているのには変わりはないが、少しは中身を知った分、のめり込めるというものだ。


<10位以下とか弱気すぎて草>

<ワースト3位か>

<緊張感ないなー>


『わ、我の腕的に6位とかじゃすぐ終わっちゃうもん……! これが適正! 正しい設定なの!』


 今は視聴者に「10位以下って温くね?」と指摘され、必死に反論している。

 ラキュアが挑もうとしているのはインターネットに潜む世界中のプレイヤー達であはるが、ついこの間女子高生にボコボコにされたシンクとしては、ラキュアに同意せざるを得ない。


「ふふっ、それに設定が甘いほど長く配信が見れるということだしね。ちゃんとおつまみを用意しておいてよかった」


 シンクは晩酌しつつ、配信を眺める。

 今日のおつまみはコンビニで買ったウィンナー。

 電子レンジでチンするだけで美味しく食べれる、トレイ付きのお手軽おつまみだ。

 当然、ビールにもよく合う。


 もちろん、ウィンナーとビールという鉄板の組み合わせだけで十分、シンクの心は震わされる。

 さらにラキュアの配信もリアルタイムで見守り応援できるとなれば、最高のマリアージュが約束されたようなもの。


 しかし今日はもう一つ、さらに彼女の気分を高めるものがあった。

 それは配信直前にラキュアと交わした、エムオカートの特訓をするという約束だ。


 特訓をするといっても、ツムギ達としたように対面で行うわけじゃない。

 emotionでの通話を繋ぎつつ、ネット回線を通して遠く離れた相手と戦う、フレンド対戦機能を利用してのもの。


 相手はVTuber。その素顔は当然、誰にも隠されて然るべき。

 シンクも、あえて中の人など暴こうとは思わない。画面越しに見えているものが全て。それ以上でも以下でもないのである。


『うおりゃー! どわあっ!?』


 画面の向こうでは早速ラキュアが下位争いをしていた。

 拾ったアイテムでダッシュし、下位を脱したかと思えば、後ろから跳んできたロケットに引かれ、一気に最下位に落ちてしまう。


 まだ配信が始まって十分ほどしか経っていないのに、早速ピンチを迎えていた。


『ま、まだまだここから! 我の追い上げをとくと見よ!』


「がんばれ、ラキュア」


 届くはずも無いが、シンクは思わずそんな応援を口にする。


 彼女が活動を始めてから積み上げたアーカイブを追ってきて、そして僅かながらチャットでの交流を深めて――シンクは彼女を尊敬していた。


 ラキュアは配信の中で度々、「我は不死の吸血姫。○○なんて楽勝だ!」などと口にする。

 自分が不死であることに胸を張り、前向きに生きている。


 シンクも、今はそうだ。

 胸を張るほどではないにしても、自分が不死であることを受け入れ、自分なりに今を楽しもうとそこそこ頑張っている。


 けれど、彼女のように顔も知らぬ誰かを喜ばそうと配信を頑張るなんて、そんな発想を持ったことはなかった。

 人の輪を外れた自分が、それでも人の世で生きたいと思うならば、できるかぎりその跡を残してはならない――それが、シンクが自分に定めていたルールだ。


 けれど、例えば彼女のような生き方ならどうだろう。

 ネットの海の中に自身を確立し、ひとつのキャラクターとして世界と関わる。

 本当の自分――理を外れた化け物であることを隠して、いや、むしろ曝け出して、誰かを楽しませる。


 そんな生き方も、許されるのだろうか。

 そしてそんな彼女から見える景色は、世界は、いったいどんなものなのだろうか。


(もしかしたら、ビールの味も全然違うかも…………ん?)


『くぅ、こいつ、煽りやがってぇ……! 絶対眷属だろ!』


 眷属とは、ラキュアのチャンネルを見ている視聴者の俗称。


 確かに、ラキュアの前を走っているカートはさっきから、無駄に彼女のカートに体をぶつけてきたり、彼女を抜くと無駄に蛇行して煽ってきたり、妨害アイテムをラキュアだけにぶつかるように打ってきたりしていた。


「なんか、感じ悪いなぁ。荒らしみたい」


 シンクは思わずそう呟く。


 最近の配信では、こういった輩がたまに湧く。

 ラキュアの知名度が上がってきたというのもあるだろう。チャンネル登録者数はもうすぐで50万……これがVTuberの世界でどれくらいのものか、シンクにはピンときていないが、単純に人数で考えればすさまじい数だ。


 妨害者本人からしたら動画を盛り上げようと、善意での行動かもしれない。

 けれど、ラキュアは良い順位を取って、少しでも配信を長く続けて、視聴者達を楽しませようと真剣に頑張っている。


 それを自分勝手に邪魔しようなんて、気持ちが良くない。


<やめろよ>

<冷めるわ>

<なんも面白くないんだが>


 配信を見ている視聴者達の多くも、妨害行為には難色を示していた。


「ラキュア、頑張れ」


 シンクも固唾を呑んでレースを見守る。


『い、いける! いけるいける!』


 ゴールが目前に迫る中、ラキュアはなんとか8位まで追い上げた。このままなら10位以下は免れられる。

 シンクはほっと胸を撫で下ろし、視聴者たちも彼女に労いのコメントを送っていた。


 ……その時。


『ああっ!?』


 後方から、例の荒らしが無敵アイテムを使って突っ込んできた!


 無敵アイテムは一定時間スピードが上がり、ぶつかった相手をクラッシュさせる。

 クラッシュされたカートは、復帰に数秒要するのだが――。


『こ、このやろぉ……!』


 荒らしはラキュアの目の前でわざわざブレーキをかけ、止まる。

 ラキュアのカートがクラッシュから復帰した直後に――再びぶつかりクラッシュさせた。


『あぁ……』


 ラキュアの呆然とした声。

 二度のクラッシュの間にどんどん抜かされ……結局彼女は最下位の12位に。


 ゴールテープを切ることさえできずに、レースを終えることとなった。


『…………ふんっ、まあ今夜はこんなところにしておいてやろう!』


 オンラインマッチのロビーから抜けつつ、ラキュアは負け惜しみ――いや、強がる言葉を吐き出した。


 視聴者、自分を応援してくれる眷属達の前で弱気な姿を見せたくない。

 そんな矜持を感じさせつつも、確かにダメージは受けているのか、語気はどこか弱々しさを感じさせた。


『しかし、次はこうはいかないからな! 我がやられっぱなしだと思うなよ! 必ず強くなって……永遠に配信続けて貴様らが眠れないようにしてやるからな! ではっ!』


 ラキュアはそう元気を振り絞り、配信を終えた。

 後味の悪い結果ではあったが、それでも彼女らしさを感じさせる配信だった。


(ビール、半分以上残っちゃってるけど……さすがに、これをおつまみにするわけにはいかないな)


 傷ついたラキュアのことを思いつつ、ビール缶を置き、配信へのいいねボタンを押す。


「まあ、永く生きてればこういうこともあるよね。ラキュアが引きずらないといいけど――」

『はぁ……つかれた』

「……ん?」


 配信画面は既に真っ暗。

 ラキュアの姿もない。

 

 しかし、声と、ごそごそという物音だけは画面の向こうから聞こえてくる。


『今日はいいとこ見せたかったのになぁ……いいや、切り替えてお風呂入ろ……』

「こ、これは、まさか……!?」


 コメント欄も気づき、湧き立つ。

 しかし、画面の向こうからはその盛り上がりを意にも介さず、妙に生々しい息づかいや独り言が続く。


「配信の、切り忘れ……!?」


 それは惨敗したショックからか、それとも別の理由からか。


 とにかくラキュアは今日、シンクが観測する中では初めて、配信を切り忘れるという大事件を起こしてしまったのである!

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