第38話 吸血鬼、牛乳を飲む

「かんぱーい!」


 ツムギの音頭に合わせ、四人は軽く牛乳瓶をぶつけ合う。


 しっかり帰り支度を整え、脱衣所からロビーに戻った四人。

 銭湯に来たなら必ず飲まねばならない、と強く主張したツムギと、それに同意したチサトとトモリによって、ここに第一回牛乳飲み会(一杯限定)が開催されたのである!


「ん、美味しい」


 シンクが選んだのはベーシックなノーマル牛乳。

 普段牛乳を飲まない彼女は、とりあえずシンプルなものから選んでみた。


「でしょー? フルーツ牛乳も美味しいよ。ちーちゃんはどう?」

「うん、甘くて美味しい」


 ツムギはフルーツ牛乳を、チサトはイチゴ牛乳を選択。

 二人とも、子どもの頃から銭湯や温泉ではこれを飲み続けているという。


「トモリのそれはカフェオレとは違うの?」

「牛乳入りのコーヒーっていう意味じゃ同じだと思うけど……確か比率が違うとかだったかしら」


 トモリはコーヒー牛乳を選択。

 なお「クセになってんだ、カフェイン摂取するの」などと供述している模様。


 というわけで、特に示し合わせていなかったが、結果的に全員が違う味を選択することとなった。


「ていうかシンク。今日はビールって言わなかったね」

「すごく迷った……」

「迷いはしたんだ!?」

「でも免許証忘れちゃって」

「しょうもない理由!」


 中身が不死の吸血鬼だろうが、外見的にはツムギやトモリと同い年くらいのシンク。

 初めて行く店では間違いなく、年齢確認に引っかかる。


 なので、無用なトラブルを避けるためにも常に運転免許証を財布に入れ、持ち歩いているのだが……。


「ごめんね、トモリ。お風呂代と牛乳代、今度返すから……」

「ううん、気にしないで」


 今日はその財布ごと忘れてしまった。

 なので入湯料も牛乳代も、(シンクを除いて)最年長者のトモリに立て替えてもらったのだ。


「でも、みんなが牛乳飲むって言ってたし、同じにして良かったかな」


 もしもここでシンクだけビールを飲んでいたら、仲間はずれになってしまっていた。

 そうなれば、牛乳談義を楽しむ三人を輪から外れて眺めることしかできなくて……シンクはそんな『もしもの自分の姿』を想像すると、妙に寂しさを感じた。


 そして、ホッとする。

 自分が、自分の思う以上に芯から、彼女達の世界に溶け込めていることに。


「ねねっ、シンク」


 そんなシンクの心情を察してか、ご機嫌に笑いながらツムギがシンクの腕に抱きつく。


「この後さ、みんなでラーメン食べに行かない? この近くにすっごく美味しいところがあるの!」

「でも、お金」

「ふふん、シンクの分はあたしが奢ってあげる♪」


 奢る側なのにやけに嬉しそうなツムギ。


「ふふん、いいよ? 大盛りにしても、チャーシュートッピングしても、炒飯つけても」

「じゃあ、ビールも……」

「それは駄目。ていうかお酒を未成年に奢らせようとしない!」

「ぐう」


 ぐうの音しか出ないとはまさにこのこと。

 シンクは助けを求めるようにトモリを見るが、トモリは肩を竦めるのみ。


――ちょっとお酒飲みたい気分だけど、この後は仕事があるから。


 トモリは牛乳を買うときにそう言っていた。

 そんな彼女としては、目の前で美味しそうにビールを飲むシンクの姿は毒でしかない。


「駄目ですよ、シンクさん」

「……分かってるよ」


 チサトからもしっかり釘を刺され、肩を落とすシンク。


 そんなシンクの姿に、ツムギは少し可哀想と思いつつ、しかしそれ以上に、体の底から湧き上がってくるゾクゾクとした快感を覚えていた。


「代わりに、帰り道でアイス買ってあげる」

「アイス?」

「お風呂上がりといったらアイスでしょ! まぁ、ラーメン食べちゃったらもうお風呂上がりって感じじゃなくなるかもだけど。あとは……お酒は駄目だけど、おつまみならいいよ。ポテチでも、ビーフジャーキーでも、肉まんでも!」

「箕作さん、貢ぎすぎ……」


 ここぞとばかりに奢り倒そうとするツムギにチサトも苦笑する。


 しかし、シンクにマウントを取り、思い切り可愛がれる絶好のチャンス。

 たとえ高校生のお財布事情――小遣い制で、その限られた小遣いもオシャレ維持のために多くが消えていき、毎月じり貧で過ごしていたとしても、惜しむ理由にはならない。


「い、いいよ。べつにそんな買ってもらわなくても」

「いいからいいから。とにかく最初はラーメン屋っ! ちーちゃんとトモリさんも来るよね?」

「う、うん」

「そうね。ぜひ」


 シンクは頷いていないが、自然とラーメンに行く流れから抗えなくなる。


(ラーメンといえば、やっぱりビール……いや、今回は難しいかな)


 ラーメンとビールは最高に相性が良い。

 しかし、それは彼女にとっての話。


 やはり未成年の子ども達の前で、しかもその未成年の財布で楽しむというのは――。


(まさに、『人でなし』って感じだ)


 シンクはそうクスッと笑う。


「シンク、どうしたの?」

「ううん、ラーメン屋、どこ行くのかなって」

「あー、シンクってわりと一人でもラーメン屋入れるタイプなんだっけ」


(ラーメン屋って、そもそも一人で入るお店では……?)


「行くのは、『八野屋』ってとこ!」

「……なるほど」


 それは奇しくも、シンクが一番最近食べに行ったラーメン屋だった。

 しかし、複数人で食べに行くのは初めてだし、ビールを頼まないのも初めて。


(今日は、お店がオススメしてる麺固めで注文してみようかな)


 ビールが飲めないなら飲めないで、別の楽しみを見つけるだけ。


 不死の吸血鬼として気の遠くなる長い時間を生きてきたのだ、この程度のたくましさは備わっている。


「ほら、シンク。早くいこ!」

「うん」


 シンクはツムギに手を引かれるまま、軽い足取りで歩き出した。

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