第35話 吸血鬼、銭湯に行く
「お風呂こわれた」
シンクは一向に水しか出さない蛇口を眺めつつ、呟いた。
給湯器の故障。
それは突然襲い来る現代の脅威の一つとされている。
修理には時間を要し、その間は風呂にも入れないのである。
「……まあ、いいか。お風呂くらい」
「駄目だよ!?」
そう叫んだのは、これまたいつも通り遊びに来ていたツムギだ。
「とりあえず修理業者さん呼ぶけど、すぐには直らないから……そうだ!」
分かりやすく、ぽんっと手を叩くツムギ。
「銭湯いこっ!」
「……せんとう」
頭に殺伐とした景色を浮かべつつ、シンクは首を傾げた。
◇
「ほら、ここが銭湯だよ」
「あー、温泉のことか」
「……温泉じゃないけど」
シンクの家から10分ほど歩いたところに、銭湯『厚高湯』はあった。
こぢんまりとした雰囲気の一般的な下町銭湯だ。
「ん、温泉って言うんじゃないの?」
「温泉は自然から湧き出るお湯を使ってるところで、銭湯は普通に、お家で使うのと同じお湯を使ってる……ってイメージかしら」
「ほお、さすがラ……トモリ。博識だね」
シンクの疑問に答えたのは、トモリだ。
「急にごめんね、ちーちゃん。みんなで行った方が楽しいかなぁって思って!」
「う、ううん! 全然っ!」
当然チサトもいる。
二人とも、せっかくだから、とツムギが急遽召集を掛けたのだが、それには彼女のある目論見があった。
それは——。
(シンクと二人でお風呂とか、めっちゃ緊張するんだけど!?)
単に、恥ずかしさを紛らわす為だ。
シンクと出会って一年以上、何度も家に遊びに行く仲だが、一緒にお風呂に入ったことはない。
つまり、シンクの裸も見たことがない!
そういう仲でもないのだから当然ではあるが……しかし、ツムギにとってシンクは『憧れの人』だ。
その裸を見られる機会というのは嬉しい反面、緊張も感じさせる。
このチャンスに、シンクを一人で銭湯に行かせるなんて勿体ない。
けれど一人で対峙する勇気もない。
……だったら、共通の友達に頼ろう!
打算的に彼女らを利用してしまうような、そんな罪悪感を抱きつつ、ツムギは二人に声をかけたのだ。
まぁ、ツムギは後ろめく感じてはいるものの……。
(箕作さんとお風呂……!)
(銭湯なんて久々っ。なんか楽しみかも!)
チサトとトモリ。どちらも、それぞれしっかり楽しんでいたので、全く問題は無いのだが。
◇
料金を払い、脱衣場へ。
比較的明るい時間なためか、女湯に客はおらず、実質四人の貸切状態だった。
「へえ、こういう銭湯っていうのに入るのは初めてだけれど、温泉と脱衣所はあまり変わらないね」
個別ロッカーやドライヤー付きの洗面台は完備。
さらにはマッサージ椅子も二台設置されていて、下町銭湯の中でもしっかりした設備が整っている。
シンクは興味深げに更衣室内を見渡す……が、
「「「…………」」」
そんな彼女に反し、静かになる約三名。
(し、シンク……)
(箕作さん……)
(リアルJK……!)
ここに至り、ツムギ以外の二人もそれぞれを意識し緊張し始める。
相手の物はもちろん、自分の裸を晒すというのも、何か不備がないか、見劣りしてがっかりさせてしまわないか、気になってしまう。
そうして、視線と息遣いを交わしながら、他の動向を伺う三人だったが、
「よいしょっと」
シンクはそんな空気をものともせず、あっさり衣服を脱ぎ去った。
「ちょっ! シンク!?」
「ん、どうしたのツムギ」
「恥じらいとかないの!?」
ツムギはそう言いつつ、彼女の裸体に見とれ、固まってしまう。
シンクが老若男女問わず人目を引くほどの美人であることは、もう言うまでもない。
しかし、晒された裸体はあまりに華奢で、幼く、不躾に見てしまうのがどこか失礼なような、無垢な神聖ささえ感じさせた。
それはツムギだけではなく、大人であるトモリ、そして度々彼女にライバル心を燃やすチサトも同様だ。
これから彼女と並ぶ。そうなれば否応なしに比較されてしまう。
そう思った彼女らが尻込みしてしてしまっても決して責められないだろう。
「……あれ、間違った?」
「い、いえ……」
「間違ってないのよ? ただ……うーん……」
「三人とも早く入らないと勿体ないよ。お風呂冷めちゃうかもだし」
「さすがに冷めないとは思うけど……うぅ、こうなったら、えーいっ!」
意を決し、というかやけくそ気味にツムギも服を脱ぐ。
そして、完全に振り切ったわけはなくとも、流れに乗ってしまえとチサトとトモリもそれに続く。
「わあ、ちーちゃんの体、すごく引き締まっててカッコいい!」
「み、箕作さんこそ……」
「あたし、最近ちょっと体重増えちゃった気がして……ダイエットしないとかもなぁ」
「いや、ツムギちゃんも十分スリムだと思うわよ? 私に比べれば全然……」
「トモリさんもすごく綺麗です! おっぱいも大きいし!」
「そ、そうかな?」
「憧れます……!」
「あ、ありがとうチサトちゃん……」
「ねえ、わたしは?」
「「「…………」」」
「……なんで黙るの?」
会話を止め、露骨に視線を逸らす三人に、シンクは不思議そうに首を傾げるしかなかった。
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