第29話 吸血鬼、ガーリックジャーマンポテトを食す

「うぅーん……」

「あの、お水。飲んでください」

「あ、ありがとう……」


 酔いが覚めてきたのか、トモリは気怠げに頭を押さえながら、水を差しだしてくれたチサトに頭を下げる。


「ツムギー」

「せかさないっ。……これでよしっと。ほら、できたよシンク」

「わー、カレーの良い香りだ」

「はい、名付けてガーリックジャーマンポテトっ」

「おおっ!」


 ジャガイモとウインナー。

 それらをにんにくと共に炒め上げ、胡椒とカレー粉で味をつけた、そんなおつまみをさくっと用意するツムギ。


 まさにおつまみに飢えていたシンクには神々しく見えて仕方がない。


「うまいうまい!」


 早速右手にビール缶、左手にフォークを握り、嬉しそうに両方を堪能するシンク。

 ツムギはそんな彼女を、まるでフードボウルに口を突っ込み貪る愛犬を眺めるような、優しい目を向けている。

 実際、後ろに隠した右手は、シンクの頭を撫でたそうにうずうずしているし。


「ああ、チサト。任せちゃってごめんね」

「まったくです」

「トモリ、おいで~」

「うぅ……シンクちゃん……」


 ゾンビのように床を這い、剣が鞘に収まるようにシンクの腰元に抱きつくトモリ。


「いいこいいこ」

「むぅ……」


 そんな二人を、ツムギは面白くなさそうに見つめる。


「ところで、二人はどうしてここに?」

「あたし達のこと聞く前に、その人のこと話すべきだと思うんですケド」


 つんと唇を尖らすツムギに、シンクは「確かに」と頷く。


「彼女はトモリ。最近できた友達――」

「それ、さっき聞いたんですケド」

「そーだったそうだった。まあでも、他に説明することもないんだよなぁ」

「いい大人が昼から酒盛りしてたってことですか」

「ふふん。そうだね」

「まったく褒めてないです」


 相変わらずシンクには手厳しいチサト。


「あ、彼女はちゃんと働いてるよ。ただちょっと特殊な仕事で、結構時間に融通効く感じみたいな。ね、トモリ」

「うぅん……あれ、この子達は……?」

「彼女らはツムギとチサト。わたしの友達だよ」

「えへん」

「友達……」


 ツムギは得意げに胸を張り、チサトは少し微妙そうな表情を浮かべる。


 そんな二人を――というか、二人の服装を見て、トモリは驚きおののいた。


(JK……リアルJK!?)

「……?」

「あの、どうかしましたか?」

(しかも、イマドキギャルとボーイッシュな王子様系!?)


 トモリにとって、自分が彼女らのように制服を纏っていた時代はもう片手でも数え切れないほど過去。

 当時やっていたアニメはつい昨日観たばかりのような鮮明さを誇っているのに、高校生としての思い出はもう前世くらい褪せて、褪せて、褪せきって、最早自分が中卒だったのではないか……と、思えてしまう。


 ……などというトモリの心境は、さておいて。


「それで、二人はどうして今日ここに?」


 シンクは話の流れなど意にも介さず、ボールをツムギたちに回す。


「シンクのところに来るのに理由はいらないと思う」


 得意げに胸を張るツムギ。


「ボクは箕作さんに誘われて」


 チサトも淡々とだが答える。

 チサト自身はシンクの家に気軽に遊びに来る間柄ではないが、ツムギに誘われれば話は別。

 シンクに対する本能的な警戒があったとしても、ツムギとお近づきに、いや、仲良くなりたいという欲求を抑え込むほどではない。


「む。ちーちゃん、それそろあたしのことも名前呼びしてくれていいんだよ?」

「い、いや、でも」

「名前が嫌なら、あたしみたいにあだ名とかでさ……例えば、ツムツムとか! 実際そう呼ばれることもあるし!」


 照れるチサトにツムギは怯まずガンガン攻め立てる。


 そんな二人、というかツムギを見て、シンクは少し驚いていた。


(なんだか、会うたびにどんどん仲良くなっていってる気がする。すごいなぁ)


 長い時間を生きる自分より、彼女らの成長は早く、顕著だ。

 シンクはこれまで何度も『人間』と出会ってきて、そして、学んだ。


 彼女らは自分とは決定的に異なる生き物だ。

 彼女らは自分より遥か後に生まれ、自分をあっという間に追い越し、自分を残して死ぬ。


 それを繰り返してきたし、これからも繰り返すだろう。

 目の前の少女達が遙か彼方に走り去り、また別の誰かが自分の肩を叩き、追い抜かし、


 いつか、最後の一人が絶命するまで、ずっと。


「トモリさんは、どんなお仕事されてるんですか?」

「お仕事!? え、ええとぉ……ネット関係で、ちょっと?」

「シンクとはどこで知り合ったの?」

「どこでかは、ええと、うーん……」


 今も、目の前で三人が会話を交わしている。


 ツムギとチサトにとってトモリは、等身大以上に眩しく見える大人の女性。

 そんな若さは逆にトモリからは眩しく見えるのだけれど……しかし、意地か経験によるものか、トモリは極力、なんとかギリギリ、精神崩壊せずに大人な対応を見せていた。


 とはいえ、シンクがコウモリに変身していきなり自宅に現れたと言うわけにもいかない。

 シンクの正体を知るのは自分だけで、他二人に明かす訳にはいかない……と、トモリは考えている。

 ちなみにツムギもそう考えている。お互い知る由もないが。


「どうだったかしら、シンクちゃん?」

「え?」


 参ったトモリはボールをシンクに投げ渡した。

 対し、蚊帳の外を決め込んでいたシンクは驚き、固まる。


(……話、聞いてなかった)


 会話を弾ませる三人を眺めながら、その会話に意識を向けていなかったシンク。

 この場には自分もいるのだから、当然いつかは話を振られてもおかしくないのに。


「聞いてなかったでしょ」


 どう誤魔化すか、考える前にツムギに言い当てられる。

 彼女は敏く、シンクの機微にとても敏感だ。当然、誤魔化しもきかない。


「ごめん」

「まったくもう。トモリさんとどこで知り合ったのって聞いてたの」

「ああ」


 真実は、Vtuber『ラキュア・トワイライト』にファンレターを送ったから……なのだけど、彼女の正体は秘密にせねばならない。

 とはいえ、真っ赤な嘘を練ったところでツムギには悟られそうなもの。


「ネットで知り合ったんだ」


 シンクは詳細を削いだ事実を以て答えることに決めた。


「二人とエムオカートやったでしょ。でもぼろ負けして悔しかったから、特訓相手を探してたの」

「特訓……」


 だからトモリと出会ったわけではないが、特訓はしたいと思っていたので、セーフ。

 とはいえツムギはほんの少し疑うような視線をシンクに送っているが。


「もう二回もした。ふふふ、今のわたしをかつてのわたしだと思わない方がいいよ。チサトにだって余裕で勝っちゃうかも」

「む……いいましたね」


 シンクの挑発に、チサトが乗らない筈がない。


 そうしてあっという間にエムオカート再戦の流れに。

 しかも今回はトモリも加えて四人対戦ができる。シンクが買いそろえていたコントローラーが報われた瞬間でもあった。


「なんか、うまいこと流された気がする」

「どうしてこんなことに……!?」

「今日は負けないよ、チサト」

「今日も負けません、シンクさん」


 ツムギは溜息を吐き、トモリは目を白黒させる。

 シンクはチサトを挑発し、チサトも真っ向から受けて返す。


 そんなこんなでぬるっと始まったゲーム対決。

 けれど――。


(シンク……?)


 ツムギにはなぜか、シンクの目がどこか……画面ではない遠くを見ているように感じられた。

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