第28話 吸血鬼、愚痴を聞く

「正直アンチコメントとか普段はあまり気にしてないんですよぉ。でも、そのアンチコメントを見て心痛めるファンの方がいらっしゃるわけでしょお……? それを考えると、すごく申し訳無くてぇ……」

「うんうん、そうだね」


 畳に転がるビール缶は、優に十を超えていた。

 もちろんシンクも飲んでいる。けれど、トモリのビールを開けるペースはそれを遥かに上回っていた。


「シンクちゃあん、聞いてますぅ……?」

「うん、ちゃんと聞いてるよ」


 トモリは顔を赤くしつつ、シンクに思い切りしなだれかかっている。

 シンクはそれを受け止めつつ……なぜか瞳を爛々と煌めかせていた。


(これが、友達の愚痴を聞きながら飲むビールかぁ……!)


 往年の酒飲みシチュエーションの体験に、またひとつ成長した気分になるシンク。

 正直、ビールを飲むどころではあまりないのだけれど、これも貴重な経験だと思えば、中々悪くない。


「はぁー……シンクちゃん、すごく良い香り……髪の毛もさらさらだし……」


 トモリは夢見心地にそう呟きながら、シンクの髪に顔を寄せる。



 彼女がここまでの酔っ払いになったのは一応きっかけがあった。

 今からおよそ10分ほど前、シンクの許可を取り、トモリは部屋の探索をしていた。


 もちろん吸血鬼のデティールを高めるため……ではなく、彼女が何か危険な物でも隠し持っていないか確かめるためだ。


「冷蔵庫……」


 最初に気になったのは、やはりこれ。

 シンクは暫く血を飲んでいないと語っているが、何か吸血鬼らしい……例えば吸血用の血液パックなどが入っているかもしれない。


 不安半分、期待半分といったところだろうか。

 新しくできた友達が自分とはまったく違う生き物なのだと知っていくことを、どう受け止めるべきか、トモリにはまだ決意ができていない。


「……ごくっ」


 生唾を飲みつつ、冷蔵庫のドアに手を掛け――開ける。


「…………え?」


 思わず、呆けた声を漏らしてしまう。


 冷蔵庫に入っていたのは、まるでコンビニのショーケースばりに詰め込まれた缶ビールの山だった。


「あ、ラキュア。一本おかわり取って」

「う、うん」

「投げていいよ~」


 予想に反しというべきか、予想通りというべきか。

 トモリは脱力しつつ、シンクにビール缶を下投げする。


(まぁ、シンクちゃんはシンクちゃん、かぁ)


 答えにもなっていないけれど、そう納得し冷蔵庫を閉めるトモリ。

 そして、なんとなく下段の冷凍庫を引き出し――。


「ふぁっ!?」


 大量に詰められたにんにくを見つけ、絶句した!



「ねぇ、シンクちゃ~ん……!」

(……困ったな)


 完全に酔っ払ったトモリに抱きつかれ、シンクはぼけーっとビールを飲む。


 トモリに抱きつかれているのは、全然いい。

 トモリがベロベロに酔っ払ってしまったのも、まぁいい。


 冷凍庫に入ったにんにくを発見したトモリは、吸血鬼とにんにくが結びつかず、想定外すぎる現実を前に、ビールに逃げるしかなかった……らしい。


(まあ、人間は嫌なことがあったらすぐにお酒に逃げるっていうもんね)


 人間のように暮らしながら、しかし人間とはまったく違う生き物であるシンク。

 彼女は本能で感じるのではなく、知識で推測するしかないが、だからこそ疑いはしない。


 とにかく、困っているのはトモリに対してではなく……。


「おつまみ、なくなっちゃった」


 お酒のあてがなくなってしまったことだった。


 トモリの愚痴も美味しいが、すっかり酔っ払ってしまったのか発言に要領を得なくなってしまった。

 事務所や仕事仲間への愚痴(といっても深刻な内容ではなかったが)を聞いてもシンクには解決策は浮かばないし……。


 となると、素直におつまみを食べながら飲みたいのだが、シンクにはあまり料理ができない。背徳の日と称して雑に料理をするには、今は適さないというのもあるし。


「ラキュア……は、こんな状態じゃ頼むのはさすがに無理か。……おや?」


 シンクは、まるで猫のように自分の膝を枕にしてくるトモリの頭を撫でつつ、外で響いた足音を耳聡く察知する。

 そしてその足音は彼女の聞き慣れたものであり、同時に待ち望んだものでもあった。


「シンク~……げっ、お酒臭っ!?」

「やあやあツムギ。待ってたよ」


 当然のように部屋の扉を開け、中に入ってきたのはこの家の大家の娘、ツムギ。

 そしてその後ろには、彼女と同じく酒の臭いに顔を顰めたチサトが立っていた。


「チサトもいらっしゃい」

「……こんにちは」


 警戒を隠そうともせず、チサトはシンクと、その膝でいつの間にか気持ち良さげに眠るトモリを見る。


「すぴー……」

「シンク、その人、だれ」

「彼女はら――トモリ。最近できた友達だよ」

 

――シンクさん。二人きりの時はいいですけど、他の人がいる前では私のことはラキュアって呼ばないでくださいね……!?

(あぶないあぶない。そう言われてたんだった)


 なんとかギリギリ思い出し、ホッとするシンク。


 しかし、ツムギが気にしているのは当然そんなことではなく……なんとも気まずい空気が(約二人、気付かないまま)流れるのだった。


 

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