第27話 吸血鬼、宅飲みする
「ようこそ。慎ましき我が家ですが」
「い、いや、そんな! ええと……お邪魔します」
ラキュア――トモリとシンクが直接の邂逅を果たして一週間ほどが経った今日、シンクは彼女を家に招いていた。
トモリの強い希望によるもので、なんでも「本物の吸血鬼を観察して配信のディティールを上げたい!」とのこと。
(ラキュアは今のままでも十分楽しいと思うけどな)
そう思いつつも、向上心を持つ推しの背中を押さない理由はない。
シンクは二つ返事で頷き、トモリに自宅の住所を送ったのだった。
「てきとーに座って」
「は、はい」
緊張しているのか、ぎこちなく頷くトモリ。
シンクの家、1Kの居間に通され、畳に敷かれた座布団の上に座り、部屋を見渡す。
(なんだか、すごく普通だ……)
現代に潜む吸血鬼の居城。
そう言うにはあまりに普通の暮らし。
正直、トモリは少々ガッカリしてしまう――。
(いやいや! 喜ばしいことだから!)
トモリはブンブン首を振り、邪念を吹き飛ばす。
(私は、シンクちゃんが本当に良い吸血鬼だって証明するために来たんだから……!!)
そう、トモリがここに来た理由は、吸血鬼の生態を観察し配信に活かすためではない。
それはただの建前。いや、多少は勉強できればという気持ちもあるが、それは二の次。
本当の目的は、シンク・エルヴァナという吸血鬼が本当に危険じゃないか、確認するためなのだ。
シンクと出会い、一緒にゲームをし……トモリは思った。
(いや、そもそも吸血鬼って何!?)
シンクという個人を見たときは信頼できる。
……というか、トモリが信頼したいのだ。
しかし、吸血鬼といえば、空想上でもあまりいいイメージがない。
人を襲い、血を吸って殺す化け物。それを名乗って活動する彼女が言うのも変かもしれないが、冷静に考えればかなり危険性を孕んだ存在だ。
しかもシンクには超常の力が備わっている。
もしも彼女が危険な存在なら……なんとかとめなければならない、とトモリは決意を固めていた。
ただし、本当にシンクが危険な存在だと明らかになったとて、その時の具体的対応策を持っているわけではないのだが。
「おまたせ……じゃなかった。そちゃですが」
シンクがキッチンから戻ってくる――両手にビール缶を持って。
「……粗茶?」
「人を家に招いたときは、そう言ってドリンクを出すと聞いたことがあったので」
「まあ、言わないこともないと思うけど、それよりこれはお茶じゃないのでは……?」
「うちにあるお茶はツムギ用に買ったのしかないし、水道水はさすがに失礼でしょ? それくらいわたしにも分かるから」
(ツムギ? ……シンクちゃんの友達かな?)
初めて聞く名前に引っかかりを覚えつつ、それ以上に「だからってビールを出すか?」という戸惑いの方が強い。
「いらない?」
「……いります」
戸惑いつつ、ビール缶を受け取るトモリ。
鞄にはペットボトルが入っているし断ることもできたのだが……ビールの魅力はトモリにも効く。
発泡酒ではなく歴としたビールなので、余計に断れない。飲みたい。今すぐ。
「ふふふ。俗に言う、宅飲みというやつだ」
「あ、一応お土産持ってきたよ」
「おお、おまんじゅうだ! ありがと、気が利くね」
「ええと、変かな……」
実のところ、この月見里灯という女性。
あまり友達の家に遊びに行った経験がない。
Vtuber事務所に同時期に入った、いわゆる同期の子の家に行ったことはあるものの、それは友達と言うより仕事仲間だ。
それより遡ると……会社で酷使されたトラウマがフラッシュバックするので、無かったことにしている。
なので、お土産を持っていこうかどうか、そしてどんなお土産を持っていくかすごく悩んだのだが……。
「ううん、変じゃないよ。ラキュアがしっかりしてるって褒めてるんだ。おまんじゅう、食べてもいい?」
「も、もちろん」
シンクは特別気にした様子も無く、まんじゅうに手をつける。
「む、美味しい!」
「そう? 良かったぁ」
トモリは胸を撫で下ろす。
吸血鬼へのお土産なんて、何を持っていけばいいか皆目見当がつかなかった。
特にシンクはおそらく、吸血鬼の中でも変わり者だろうし。
「んぐっ、んぐっ! ぷはぁ! あー、おいしっ!」
けれど、この間もそうだったが、シンクはビールを飲んでいるとき、最高に幸せそうな表情を浮かべる。
これならビールを大量に持ってきた方が喜んだんじゃないだろうか……と、トモリは脱力してしまう。
「シンクちゃんはホワイトラベルが好きなの?」
「うん。日本で初めて飲んだ缶ビールだからね」
「初めて?」
「長生きだからこそ、初めてのものとかを大事にする風流な女なのだよ、わたしは」
「へぇ……」
「不死だからこそ過去を重んじる。なんかそれだけで奥が深い気がするでしょ。メモしていいよ?」
「あ、あ~、そういう感じの」
取材のための、それらしい発言だったらしい。
トモリは納得しつつ、少し残念に思いつつ、なんだかんだでいつか配信のネタにしようとしっかりメモしておくのだった。
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