第26話 吸血鬼、良いお米を食す
「シンク、なにやってるの?」
「ああツムギ。ちょうどいいところに」
いつものようにツムギがシンクの部屋を訪ねると、シンクが大きな段ボール箱を開いていた。
「緩衝材ってのは、なんでこう、引っかかる……取れた!」
少し苦戦しつつ、中身を取り出すシンク。
「なにそれ……炊飯器?」
「うん。いつまでもパックご飯じゃ、サステナブルじゃないから」
「そういうの気にするんだ」
「もちろん。何百年、何千年の遠い未来の話かもしれないけれど、わたしにとってはいつか来る明日だからね……」
不老不死の吸血鬼が言うと、中々説得力がある。
ただ、彼女が普段ゴミの分別でさえルーズなことを知っているツムギからすれば、どの口がと言いたくなるが。
「って、その炊飯器、CMやってるやつじゃん!」
「ぎり六桁円した」
「すごっ!?」
「良いビールを飲むためになら、わたしはなんだってするのだよ」
「結局お酒なんじゃん……」
「ツムギの作ってくれるご飯を、より美味しいお米で楽しむためでもある」
「……それなら許す!」
明らかなご機嫌取りだったが、ツムギとしては悪くない気分だ。
確かにこれまでは、ツムギがおかずを作っても、パックご飯をレンジで温めるか、ツムギが自分の家からタッパーに入れたご飯を持ってくるかで凌いでいた。
ただ、パックご飯はあくまでそれなりの味だし、ツムギの家に頼るのも迷惑が掛かる。
いつか炊飯器を買おうとは思っていたのだ。ただ、いつかいつかと先延ばしになっていただけで。
「えー、でもいいなぁ。ハイエンドモデルってやつでしょ。うちみたいな一般家庭じゃ中々手が出せないからさぁ」
「じゃあ持ってく?」
「持ってかないよ!? そこまで厚かましくないから! ただ、ちょっと炊いたお米を食べてみたいなぁ~って」
「ふふふ、そうくると思った」
シンクは得意げに笑うと、戸棚からまだ封を切っていない米袋を取り出す。
新潟県魚沼産。高級料亭でも使われているという高級ブランド米だ。
「わああっ!」
当然、ツムギも知っている。というか憧れている。
料理をする者。米を愛する者。
誰もが、高級ブランド米という存在に、常に脳の数パーセントを支配されているのだ!
「えっ、食べたい! すっごく食べたい!」
「それじゃあ交換条件だ。ツムギ、ぜひこの米に合う最高のおかずを用意してくれたまえ」
「がってんしょうち! 炊飯時間の一時間で勝負を決める!」
挑発するようなシンクの笑みに、ツムギは張り切るように拳を掲げた。
◇
「はい、おまちどおさま!」
それから一時間半ほど経って、ツムギは料理を完成させた。
使用前の釜をしっかり洗い、炊飯器をセット。その間に買い出しに行って、食材を調理。
炊けたご飯はしっかり蒸らして……と、一切無駄のない行動にシンクも舌を巻かざるを得ない。
そして、出された料理は……。
「なんか、思ってたよりシンプルだね」
平皿に盛られているのは、だし巻き卵、焼きウインナー、そして海苔を巻いただけの塩むすび。
そして、添えられたお椀にはネギと豆腐の味噌汁が添えられている。
「題して、日本人はこれでいいんだよプレート!」
えへん、と胸を張るツムギ。
「シンプルっていっても、手は抜いてないからね」
「それは分かるよ。だってすごく美味しそうだもの」
つい最近、コンビニのウィンナーを食べたばかりのシンク。
あれも良いものだったが、ツムギが焼いたものはそれより格段に美味しそうに見える。
だし巻き卵も鮮やかな黄色が食欲を誘う。
そしてなにより、塩むすび。
炊きたての米を蒸らしつつ若干冷まし、手に塩をまぶして握ったもの。
付着した塩のおかげか、それとも米が良いからか、炊飯器が良いからか――思わず目を覆ってしまいそうなくらい、輝いている。
ただの米の固まり、ただ海苔を巻いただけのふんどし一丁。
なのに、紛れもなくこのプレートの主役はこの塩むすびだ。
「ふむ、これが大和魂というヤツか……」
「それはよくわかんないけど。でも毎日こんな朝食食べられたら最高だよね~ってやつ!」
「なるほど。まあもう日も暮れちゃったけど」
「あ、お母さんにはシンクんちでご飯食べてくるって言ってきたから心配しないで」
「そう」
こうやって、ツムギがシンクんちで晩ご飯を食べることはよくある。
ツムギの両親もシンクを信頼し、容認しているけれど、シンク的には若干無防備かなと思わなくもない。同性だからというのもあるのだろうが。
「さて、ビールビール」
「あ! 今日はビール禁止ね!」
「えっ」
「だって、どう考えてもビールってメニューじゃないもん」
「でもビール飲まなきゃ色々ブレない? わたしのキャラ的に色々ブレない?」
「飲んだくれの吸血鬼って時点でブレッブレだからだいじょぶだいじょぶ」
「むぅ……」
ツムギはそう言いつつ、湯飲みに緑茶を煎れて出す。
シンクは少し釈然としないまでも、確かに緑茶が添えられると一段グレードが上がった気もする。
「シンク、ほら冷める前に」
「うん。いただきます」
ぱんっと手を合わせ、さっそくおにぎりを手に取り――囓る。
「んっ、もちもちだ」
「ねっ! すごく美味しい!」
瑞々しく、甘く――白米の良さをこれ以上ないくらい引き出している。
(なるほど、確かにこれは緑茶だ)
同じ苦い飲み物ではあるが、白米と緑茶の相性は他の追随を許さないレベルにマッチしている。
米と炊飯器は最高級。けれど、緑茶はパックから出したそこら辺で買える普通の品だ。
しかし、それでも美味しい。
全身に染み渡るような、どこかホッとするような、そんな感覚にシンクは溜息を吐いた。
「卵焼きの甘み、ウインナーの焼き加減、味噌汁も全部素晴らしいよ」
「どお? 毎朝食べたくなるでしょ」
「うん。いや……うーん。どうだろ。毎日だと飽きちゃわないかな」
「飽きちゃわない飽きちゃわない。むしろ食べないと調子悪くなるまであるから」
「それ、逆に大丈夫なの?」
中毒性、という言葉が頭に浮かび、首を傾げるシンク。
そんなシンクの反応を意にも介さず、ツムギは歯を見せて笑う。
「シンクがそうしてほしいっていうなら、別に毎日作ってあげてもいいからね」
「……考えとくよ」
それは確かに魅力的な提案ではある。
しかし、さすがにそこまでいくとツムギの両親も待ったを掛けるだろう。
そう思いつつ、シンクは苦笑いを浮かべるのだった。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます