第25話 吸血鬼、ラーメンを食す
午後二時。
太陽がそこそこまあまあ照りつけるお昼時に、シンクは町へと繰り出した。
目的はもちろん、昼ご飯だ。
改めて説明すると、シンクは不死の吸血鬼。
死という概念に縁のない彼女にとって、食事は必要では無く、趣味に近い。
だからこそ、平気で食事を抜くし、逆に一日三食を超えて食べることもざらだ。
そんな彼女だが、『それ』を求める時は大体、この辺りの時間に外に出る。
「いらっしゃっせー!」
元気がいいのか、だらしないのか。
とりあえず声量だけは大きい、そんな歓待の言葉を受けつつ、シンクはしたり顔でカウンター席に座った。
ラーメン屋としてはそこそこの広さで、奥には四人掛けのテーブル席も見える……が、お一人様の彼女には無縁のスペースだろう。
「あ、お客さん。うち食券なんで……」
(……そうきたか)
出鼻を挫かれつつ、起立。
食券を購入し、再び着席。
「お好みはっ」
「麺柔らかめ、味普通、脂多め」
「あいよっ。並一丁! ほうれん草トッピング!」
「ああ、それとこれ。瓶ビール」
「お客さん、年齢確認できるもの持ってます?」
「ふっ、しっかり成人済み、ですっ」
ドヤ顔で免許証を見せつけるシンク。
これがまた、酒を美味くする(シンク談)。
今日やってきたのは、『ラーメン八野屋(ややや)』。
世間一般に屋系ラーメンと呼ばれる、とんこつ醤油のスープが特徴的なラーメン屋だ。
実のところ、シンクはこの屋系ラーメンとやらがよく分かっていない。
弟子が暖簾分けして系列を広めているのか、はたまた胴元が同じチェーン店なのか、それとも屋号を真似ただけで横の繋がりは一切無いのか。
「ふっ……」
まぁ、そんなのはどうでもいい。
とりあえず分かっているのは、この手の店には大体、セルフで入れ放題のおろしにんにくと豆板醤が用意されている、ということくらいだ。
「ビール、お待たしゃっしたー」
さて、まずラーメンより先にビールがやってくる。
シンクは早速グラスに注ぎ、一口。
「くぅ~~~!」
相変わらずビールは美味い。
最高のつまみと共に最高の一杯を楽しむのがシンクの命題ではあるが、逆に何もつままない素ビールもまた、味である。
この一杯。
これを楽しむために、シンクはわざわざ午後二時を狙って来店する。
午後二時とは、謂わばランチタイムの最後尾。
これよりも早い時間となると、昼飯時の学生やサラリーマンとバッティングしてしまう。
単純に店が混んでいるというのもあるが、それ以上にビールを飲むと目立ってしまう。
平日の昼間から酒を飲む優越感も、確かに美味しい。
しかし、シンクが飲んでいると、見た目的にも悪目立ちをしてしまう。
ジロジロと見られるのは単純に落ち着かないし、店員にとは違って、他の客に身分証を見せびらかして回るわけにもいかない。
だからこそ今、この時間、このタイミング。
どんぴしゃり、なのである。
「へい、ほうれんそうトッピング一丁!」
そんなこんなで筆舌に尽くしがたい一杯を楽しんだところで、着丼。
肌色の濃厚スープに、緑のほうれん草が映える、見ても楽しい芸術的な一杯がやってきた。
実はここでも一つ、シンクのテクニックが冴え渡っている。
それは、麺をあえて柔らかめにしたことだ。
玄人は固め、という言葉があるとかないとかだが、シンクはだいたいいつも柔らかめを頼む。
麺を柔らかめにするということは、イコール若干麺の茹で時間が延びるということ。
即ち、注文から、瓶ビールがやってきて、一杯を楽しむまで――その猶予が伸びるということっ!
ラーメンと共に楽しむビールも素晴らしい。
しかし、注文したラーメンへの期待に胸をときめかせつつ楽しむ一杯は、この瞬間にしか味わえないのである。
(もはや、半分目的を達したと言ってもいいが……だからこそ、この一杯を心置きなく楽しめるのだ)
シンクはしたり顔しつつ、早速麺をすする。
(美味)
濃厚スープがよく絡む中太ちぢれ麺――なんて言われてもシンクにはよく分からないが、とにかく美味い。
(人間のラーメンに対する欲深さには頭が下がる。これだけの塩気、ビールに合わない筈がないんだよなぁ!)
ラーメンを一口味わったところで、ビールIN。
塩気で僅かに喉が渇いたところをしっかり埋めていく。
なぜラーメン屋のウォーターサーバーからはビールが出てこないのか。
そう誰もが思う瞬間である。
(初めて入ったけど、中々レベルが高いじゃないか。『八野屋』、その名前覚えておこう)
それからシンクはその一椀を思う存分堪能する。
麺、スープ、チャーシュー。全てが絡み合い、全てがビールに合う。
トッピングのほうれん草は、単純にシンクが好きというのもあるが、屋系のとんこつ醤油スープによく溶けて美味いのである。
もう止まらないのである……!
飲み干すのは身体に悪いと分かっていても、スープが進むのである!!
「ふぃ~……」
あらかた食べきった頃には、瓶ビールの中身はあとグラス一杯分程度しか残っていなかった。
しかし、これでいい。シンクはあえてその一杯分を残したのだ。
(瓶ビールの追加注文など邪道。ラーメンが一椀で完成されているように、ビールも一瓶で済ませるのが礼儀なのだ)
……とのこと。
「んぐっ、んぐっ」
シンクはしっかりどんぶりの縁に口をつけ、スープを煽り、飲み干す。
そして、からっからの喉に最後のビールをぶち込む!
「ぷはぁっ!」
ラーメン一杯、瓶ビール一本。
清々しいまでの完食、完飲である。
「ごちそうさまでしたっ」
そして、最後はしっかりと、礼。
礼をしても味は変わらないが、後味をよくしてくれる効果があるのだ。
ラーメン屋から出ると、暫く熱気の籠もった店内にいたからだろう、外の風が気持ちいい。
「ビール買って帰ろ」
一椀一瓶の法則も店内限定。
シンクは鼻歌を唄いながら、コンビニに向かうのだった。
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