第24話 吸血鬼、友達と遊ぶ

「かんぱーい!」

「か、乾杯っ!」


 リビングのソファに座り、かつんとビール缶を打ち付け合う。

 シンクの要望で、お茶ではなくビールを楽しむ二人。


 吸血鬼でもビール飲むんだ……と驚きつつも、良いビールを買っておいて良かったと胸を撫で下ろすトモリ。

 ちなみに、シンクは自分の分の代金は払っているし、一応儀式として免許証を見せびらかした、ということはここに明言しておく。


「あー、おいしーっ! 誰かと飲むことなんて珍しいからさ、なんか嬉しいよ」

「えっと、私も」


 飲める量は半分になってしまったが、満足度は高い。

 一人でしっぽり飲むお酒も格別だが、誰かと飲むお酒もまた至高。

 まったく別ジャンルの話だと言っていい。


「そだ。エムオカートやる? 明日って約束だったけど、今やってもいいでしょ?」

「あ、うん。でも……」


 それじゃあ明日は、と聞こうとしてトモリは口を噤む。

 今から先のことを気にしたって仕方がない。シンクにもシンクの事情があるだろうし、と。


「ふふふ。今日と明日、二日も特訓すれば、あのいじわるなやつの鼻だって明かせるさ」

「あ……! うんっ、そうね!」


 前倒しでは無く、追加で一緒にいる時間ができた。

 たくさんの時間を、自分の為に割いてくれる。その事実が、トモリは嬉しかった。


「あ、そうだ。ラキュア」

「なに?」

「なんか着替えある? いつまでもこの格好でいるの、なんか鬱陶しくて」

「あ……私のスウェットとかでよければ」

「うん、だいじょぶ」

「じゃあスウィッチと着替えと……あと、おつまみも何か持ってくるから、ちょっとだけ待っててね」

「はーい」


 シンクをソファに残し、トモリは小走りで駆けていった。



 スウィッチをテレビに繋ぎ、エムオカートを起動する。


「あ、いっとくけどラキュア。わたし、全然上手くないから呆れないでね?」

「呆れないよ。私も全然上手くないし」

「ラキュアの上手くないとわたしのじゃ、次元が違うんだ……」


 シンクはトモリの用意した大きめのスウェットに着替えている。

 紫のドレスは彼女が脱いで少し経つと、煙のように消えてしまった。


 大きめというのは、子どもと大人、体格の違いもあるが……。


「ラキュアのスウェットはあれだね。胸の辺りがすーすーするというか」

「う……ごめん。なんか伸びちゃって」

「……なんか?」


 シンクはトモリの胸に目を落とす。

 そこには実に立派な……いや、言及はよそう。


「ほら、サラミ! サラミ食べて! チーズも! 美味しいよ!」

「う、うん」


 トモリが用意したおつまみは、サラミ&チーズ。

 どちらもスーパーで売っている廉価品だが、おつまみとしては十分以上。

 変に高級品だと、食べる手に遠慮が生まれる。

 酒のつまみには、逆にこれくらいの方が自由に食べれて良いのだ。


 少なくともトモリ、そしてシンクにとっては。


「ん~! わたしもこのチーズ好きなんだ」

「シンクちゃん、けっこうお酒は嗜むの?」

「うん。といっても、もっぱらビールばかりだけど」


 なぜかドヤァと口角を上げるシンク。


「サワーとか、ワインは飲まないの?」

「うーん、あんまりかな。ワインは特別な時とかは飲むけど」

「特別な時?」

「うん。まあタイミングというか……ていうかその感じ。ラキュアも結構いける口とみた!」

「いける口っていうか、人並みに晩酌は楽しむかな。配信終わりとか、今日もお疲れ様って意味を込めて……って、一人でだけど」

「へぇ~。わたしはラキュアの配信を見ながらお酒飲んでるよ。ニアミスだね」

「あはは、確かに配信中は飲んでないから、そうかも」


 そんな会話をしつつ、二人はコントローラーを握る。

 といってもこんな状況になれば雑談がメインで、ゲームは二の次。

 のんびりゆったり、操作キャラクターを選択する。


 シンクは変わらずケイッパジュニア、トモリも配信で使っていたホネガメを選択。

 ランダムコースで設定し、適当に流していく。


「わあ、さすがラキュア。全然上手いじゃない」

「さすがにCPU相手には遅れをとらないよ」


 トモリはトップを独走。少し遅れてCPUが追い、そのすぐ後ろを三位のシンクがついていっている。


「シンクちゃんも始めたばかりなんでしょう? すごく上手いよ」

「ふふふ」


 褒められれば嬉しいシンク。

 なんて間にもしっかり四位に転落しているのだが。


「あ、そういえばラキュア。できることならわたしが吸血鬼ってことは内緒でよろしく」

「え? もちろんだけど……なんだかシンクちゃん、そういうの気にしてなさそうに見えるけど」

「わたしじゃなくて、相手が気にするでしょ。わたしみたいなの、無条件で怖がる人も多いし。不老不死の研究とかいって捕まってもヤダし」


 過去の経験に似た経験があるのか、シンクは深い溜息を吐いた。

 ……いや、五位に転落したからかもしれない。


「じゃあ……シンクちゃんは自分の正体を隠しながら、こっそり暮らしてるってこと……?」

「何人かは知ってるけど、まぁそうだね。あれだけのチカラを使ったのも随分と久しぶりだったし」

「チカラって……あの、コウモリになっていた?」

「ふふん。わたしはあれをヴァンパイアスキルと呼んでいる!」


 どやっと胸を張るシンク。

 ゲーム内では四位に盛り返す。


「またはブラッディフィアー。ないしはレッドムーンエンチャント。はたまた……」

「ええと、随分とたくさん呼び名があるのね?」

「一番カッコいいので呼んでくれたまえ」


 それじゃあ候補の中にはないなぁ……という本音を、トモリは咄嗟に飲み込んだ。


「でも、そこまでして私のために……感謝してもしきれないよ」

「まあ、コウモリに身を分けるよりも、ここを特定するほうが大変だったけど」


 そう言いつつ、シンクは特定方法――配信から聞こえる僅かな音を頼りに、同じ音源を探り当てたとドヤ顔で説明する。

 当然ドン引きするトモリだが……その本音もなんとか飲み込んだ。


「ちぇー、三位か」


 レースが終わり、順位が確定する。

 シンクは落ち込んだ口ぶりなものの、トモリにはそれ以上に楽しそうに見えた。


 底知れないシンクのチカラ。

 ただ、それを有していても、彼女にそれを大々的に振るう気はないらしい。

 

(それなら別に、いっか)


 不死の吸血姫を演じる自分と、紛れもなく不死の吸血鬼であるシンク。

 たった一日で常識が丸ごとひっくり返るようなとんでもない出会いだったけれど、今はこの奇妙な縁を大事にし、育んでいきたい。


 トモリはそう思いつつ、次のレースを開始した。

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