第23話 吸血鬼、土下座する
「シンクさんごめんなさいっ!!」
「ど、どうしたの、ラキュア?」
「まさかシンクさんが本当に、本物の吸血鬼だったなんて知らなくて……!」
簡単に自己紹介を終えた直後、トモリは全力の土下座を繰り出していた。
「わたしが本物の吸血鬼だったからってどうして謝るのか分からないけど……というか、謝るのはこっちの方だよ」
シンクはそう言って、丸まるようにちんまりとした土下座を返す。
「無断で家に上がってしまって、ごめんなさい」
「えっ!?」
「どうか通報だけは勘弁してください。まぁ、そしたら全力で逃げるけど……とにかく、まことにもうしわけございませんでした」
「え、えと! 通報なんてしませんよ!?」
「あっ、そお? いやあごめんね。忙しそうな警察のみなさんにお手数を取らせるのは忍びなくて」
へらへら笑いながら頭を掻くシンク。
そんな彼女を見ながら、トモリはどうにも落ち着かなかった。
先ほど、無数のコウモリに囲まれて現れた彼女は、この世のものとは思えない危険な魅力に溢れていた。
しかし、今目の前にいる彼女には、覇気もオーラもまったくない。警戒するのがバカらしくなるくらい、無害そうだ。
それが逆に、トモリを不安にさせる。
姿形はまったく同じなのに、さっきと今でこれほど真逆の印象を受けるなんて、異常以外の何ものでも無い。
「あの、シンクさん……?」
「あぁ、別に呼び捨てでいいよ。こんな見た目のやつに敬語使うのもしんどいでしょ」
こんな、というのは見た目的な話だ。
シンクの見た目は確かに子ども。トモリと並べば、教師と生徒くらいの差がある。
「いや、でも」
「あ、もしかしてこの格好が気になる? ふふん、ちょっぴり大人っぽく見えるもんね」
なぜか得意げに、自身の纏うドレスを摘まむシンク。
「とはいえ、いつもこんな格好してるんじゃないんだよ。これは正装というか、バトルフォームというか、そんな感じのアレでさ。普段はウニクロのスウェットとか着てるし」
「そうなん、ですか……」
シンクがダボダボのスウェットを纏っている姿を想像し、似合わなそうと思ってしまうトモリ。
しかし、これが事実なのだから仕方がない。
「でも、シンクさ……い、いや、えと、シンク……ちゃん?」
「なに?」
「……怒ってないの?」
「怒ってないよ。というか、何に怒るの?」
「だって私、不死の吸血姫なんて名乗って、というか偽って配信なんかしてて……」
「ああ、確かにビックリした! ラキュア、人間だったんだなーって」
目の前にいる、存在しないと思っていた本物の吸血鬼。
彼女から送られてきた手紙を思い返すと、トモリはシンクが、自分と同じ不死を背負った仲間を見つけて喜んでいたように思えた。
トモリは、シンクの方が冗談を言っていると思っていたけれど……実際は完全に真逆。
シンクの期待を、トモリは裏切ってしまった。その罪悪感から、謝らずにはいられなかったのだ。
「確かに残念だなーって思わないって言えば嘘になっちゃうけど、でも、結果的にラキュアのことを知れてたんだから、良かったなって思ってるよ」
「でもっ!」
「だって、きみから元気を貰ったのは本当だから。わたしにとってラキュアは、大好きな友達の一人さ」
「とも、だち……?」
「それにさ、ラキュアが期待と違った……というか、わたしが変な期待を押しつけて、でもそれと違ったからって、勝手に失望して文句を言うなんて変じゃない。そういう自分勝手なやつにはなりたくないんだ」
シンクがトモリではない遠い何か、何処かを見つめる。
トモリにはそれが何かは分からないが、ずっと遠くを懐かしみながら、しかしほんの少し、小指の先ほどの怒りを滲ませているように思えた。
なぜならトモリは、無意識に背筋が伸びるような、首筋に鳥肌が走るような緊張を覚えていたから。
「ラキュアはどうだった?」
「……え?」
「わたし。期待通り? 期待外れ?」
シンクはほんの少しの負の感情をすぐに取っ払い、目をキラキラさせてトモリを見つめる。
「期待外れとか、そういうのはない……かな? 本当に、本当の吸血鬼だなんて、思ってなかったし……」
実際、最初見たときは怖かった……という感想を、トモリは腹の底にしまい隠すことにした。
正直なところ、目の前にいる存在をどう受け入れていいか分からない。
けれど――。
(シンクさん……ううん、シンクちゃんは、シンクちゃんだ)
彼女からもらったメールで、どれだけトモリが元気づけられたか。
それはシンクが本物だとか偽物だとか、そんなこと関係無かった。
「私も、シンクちゃんのことが知れて嬉しかった。いきなり会っちゃうのは、色々すっとばしてるかなって思ったけど」
「それはほんっとーに、もうしわけない」
「いやっ、土下座はやめて!?」
またもやちんまりと土下座するシンクに慌てるトモリ。
彼女が焦るのが分かっていて、わざとやっている気さえして……そんなある意味見た目通りの子供っぽさに、トモリはようやく笑顔を浮かべた。
「ねえ、シンクちゃん。この後忙しかったりする?」
「んーん。めっちゃ暇」
「めっちゃって……だったらさ、少しゆっくりしていって。お茶出すから……あっ、お茶って飲むの?」
「うん。だいじょうぶ……あっ。でもどっちかというと、お茶よりもさ……!」
シンクはまるで大発明を思いついた子どものように、瞳を煌めかせた。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます