第9話 吸血鬼、つめられる
「……何やってんの、シンク」
「へっ?」
「え?」
シンク、チサトが共に声の方を向く。
そこには腰に手を当て、いかにも不機嫌ですと言わんばかりの表情でシンクを睨む、ツムギの姿があった。
「ツムギ? どうしてここに……」
「どうしてじゃない! 全然帰ってこないから心配したんですけど!? だからここかなって、来てみたら……なんかイチャイチャしてるし!」
「い、いちゃいちゃとかじゃあなくてだね……」
「ていうか、その人誰――あれ?」
ツムギがチサトを指し、首を傾げる。
対するチサトもツムギを見つつ、目を白黒させていた。
「もしかして、斑鳩さん?」
「箕作さん……?」
二人はそれぞれ、互いの名前を呼ぶ。
「やっぱり斑鳩さんだよね! でもどうして斑鳩さんがシンクと抱き合ってるの!?」
「だ、抱き合ってないです! そういうんじゃ全然っ!」
「おわっ」
完全に密着し、完全に抱き合っていたわけだが、チサトは慌ててシンクを弾き飛ばす。こてん、とベンチに転がるシンク。
「こ、これはその、成り行きと言いますか……!」
「ていうか、なんで敬語? 同級生じゃん」
「そ、そうですね……あはは……」
奇しくも、ツムギとチサトは同じ高校に通う同級生だった。
顔見知りということで怒気を少し収めるツムギと、対照的に緊張したように表情を硬くするチサト。
そんな妙に噛み合わない二人の顔を見比べ……シンクはポンッと手を叩いた。
「なるほど。もしかしてツムギ、チサトをいじめてる?」
「はぁ!?」
「駄目だよツムギ。いじめは。そういうの良くないとお姉さんは思います」
「違うし! いじめてなんかないし! というか、あまり話したこともなくて……」
「つまり、ハブってやつ?」
「ハブでもマングースでもないっ!」
あらぬ濡れ衣を着せられ、必死に否定するツムギ。
「あの、別にいじめられてたりじゃないです」
「いいんだよ、チサト。正直に言って。わたし、ツムギとは知らない仲じゃないからちゃんと言っておくよ。そもそも、高校に入るまではこんなギャルギャルしい感じじゃなくて、もっと大人し――」
「わあ! わあわあっ!! なんでもないから! 聞かなくていいから、斑鳩さんっ!」
シンクの口から出掛けた爆弾発言に、ツムギは慌てて手で蓋をする。
若干手遅れな感が否めないものの、間一髪、チサトが核心に触れるのは防げた。
「ええと、箕作さん? なんだか学校の感じと違う気が……」
「ち、違うし? いや、違わなくないし! とにかくシンクの言ってることは無視していいから! シンク、いっつも適当ばっか言うんだから! ほら、目ぇ見てよ。めっちゃ死んでんじゃん!?」
「ツムギ、違うよ。わたしの目は死んでるんじゃなく、生に対する概念がみんなと違うだけであってでね……」
「ほら! ムシムシ!」
迫真の演説に、無理やり頷かされるチサト。
とはいえ、彼女としては何がなんやら、というのが正直なところなのだが。
「あたしは、生まれた瞬間からこんな感じだかんね! 赤ちゃんの時から今風ギャルだから!」
「そ、そうなんだ」
その付け足しは明らかに不自然だったが、チサトはスルーする。
というか、正直全然それどころではなかった。
(ど、どうしよう……箕作さんに変な場面見られた……!?)
そもそも、シンクと共同製作した奇行がまだ何も解決していないからだ!
(でも、変に掘り下げるより、このまま流れてくれた方が助かるかも……?)
チサトとしてはシンクとの行為について弁明できずとも、話題が変わるなら中々悪くない。
冷静になればなるほど羞恥心は青天井に高まっていくが、今時ギャルなツムギからすればなんでもないかもしれないし……と、。
「ええと、箕作さんは、シンクさんとはどういう関係なの?」
「えっ? ただのご近所さんだよ~。ていうか、うちの親が持ってるアパートにシンクが住んでるってだけ」
「ああ、だからさっき、全然帰ってこないから探しに来たって……ん?」
違和感に首を傾げる。
チサトは大家一家になったこともないし、住んでいる家も両親がローンを組んで建てた一軒家で、アパートの住人付き合いも分からない。
しかし、こんなところまでわざわざ探して迎えに来るのが『ただのご近所さん』だとは思えなかった。
「ていうか、あたしとしては斑鳩さんとシンクの関係の方が気になるんですけど~?」
「関係って、そんな言うほどじゃ……今日たまたま、ランニングしてたら出会っただけで」
「初対面?」
「はい――じゃなくて、うん」
ツムギからの追及に、妙な粘っこさを感じ取りつつ、チサトははっきり頷く。
しかし、ツムギはそれだけでは納得できない。
(初対面であんなじっくり、まるで恋人みたいに抱き締め合う……? あたしだって、そんなことまだ……って、別にやりたいって意味じゃなくて!?)
「……箕作さん?」
「えっ!? いやっ!? 何も考えてませんケド!?」
「い、いや、ボクは何も……」
うっかり、先ほどのシンクとチサトのような状況になった自分の姿を想像し頬を赤くするツムギ。
そんなツムギを見て、チサトは戸惑いつつも、追及しようとはしない。
むしろ未だ、緊張に表情を硬くしている。
「…………むが」
そして、口を塞がれたままながら完全に存在を忘れられたシンクは、自分が完全に忘れられているのを悟りつつ、ツムギとチサト、二人の間で視線を彷徨わせるのだった。
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