第7話 吸血鬼、奇妙な縁で繋がる
(よろしくお願いします、とは言ったものの……)
チサトはちらりと横目でシンクを見る。
成り行きで一緒にいることになってしまった彼女は、美味しそうにビール缶を煽っている。
確かに転びそうになったところを助けてはもらったが、そもそもの原因はシンクが迫ってきたからだ。
素直に「ありがとう」とは言いづらい。
それに、彼女から逃げる原因になった得体の知れなさ。
それは自己紹介を交わし合った今でも、払拭されてはいない。
(それに……臭いって言われたし! 臭いのはそっちもなのに)
チサトはなぜかモヤモヤしていた。
もう少し強くなれば、イライラに変わる類いのモヤモヤだ。
「あ、思い出した」
そんな中、シンクがぼけっとしゃべり出す。
「チサトさ、一昨日、スーパーで会わなかった?」
「え?」
「ほら、にんにくの詰め放題をやってた――」
「あっ!?」
シンクの言葉で思い出す。
彼女の言うとおりスーパーに行ったこと……は、忘れていない。
しかし、そのスーパーで開催されていた、にんにく詰め放題。
その現場でチサトは、シンクに非常によく似た外国人に出会っていたのだ!
◇
二日前。生野スーパーにて。
(にんにく、特売……!)
その特設コーナーを見て、チサトは目を輝かした。
チサトはスポーツ少女。
だからというわけでもないが、疲労回復に効果があるというにんにくは、臭いが気になりつつも、積極的に摂取していきたい食材の一つだ。
それににんにくの詰め放題なんて、存在自体が珍しい。こういうのはにんじんやじゃがいもが主流だ。
なんでも、にんにくを仕入れすぎてしまったため、急遽開催されたという。
チサトはお使いでたまたま訪れただけだったが、この偶然――いや、幸運、逃すのはあまりにもったいない!
(スーパーの人も困ってるみたいだし、これも人助けだよね、おじいちゃん!)
今亡き祖父は、生前チサトに「誰かの力になれる、強くて優しい人になりなさい」と言っていた。
高校生になった今、大人からの勝手な押しつけと若干思わなくもない。
しかし、基本言葉数の少ない祖父からもらった数少ない言葉の一つであり、大切な思い出。
今のチサトを形作る上でなくてはならない重要なピースだ。
と、いうわけで、チサトは人助けのため、にんにく詰め放題に挑むことにした。あくまで人助け。人助けなのだから仕方がない。たとえお使いに頼まれた出汁入り味噌の購入を忘れていたとしても、仕方がない。
「よぉし、やるぞ!」
詰め放題用の透明袋を手に取り、にんにくが山と積まれたワゴンの前へ。
さあ、早速詰めていこう……と、手を伸ばししたところ。
「え?」
「ん?」
隣の少女と目が合った。
銀色の髪、真紅の瞳。呼吸を忘れるほどの美少女が、チサトと同じようににんにくに手を伸ばしていた。
「……」
「……」
交わった視線に、電流走る。
(なんだろう。どうしてか、この人には……)
(負けたくないな)
二人の思考がシンクロした。
それは正々堂々、公正公平を好むチサトにとっても、目の前の銀髪の少女――シンクにとっても、初対面の相手に抱くには珍しい感情だった。
次の瞬間、二人はものすごい速さでにんにくを袋に詰め始める。
周囲の客が引くレベルで詰め始める。
山と積まれたにんにくが、みるみる減っていく!
「ぐぬぬ……!」
「むむむ……!」
最早、視線が交わったというレベルではない。
思い切り睨み合いながら、手だけは凄まじい速さでにんにくを拾っていく。
どうしてここまで、名前も知らない初対面の相手に敵意――いや、対抗心を抱くのか。
なぜか、体の奥底、血が熱くなるような感覚。
少なくともチサトにとっては、人生で初めての経験だった。
そして、張り合い、睨み合い……気が付けば、手には大量のにんにく。
買って帰った後母親にはたっぷり叱られ、その晩は胃もたれするくらいににんにくのフルコースを味合わされ……銀髪の少女のことはすっぽり頭の中から抜け落ちてしまっていた。
◇
現在、公園のベンチに戻る。
チサトも、シンクも、完全にお互いを思い出していた。
お互い、予期せぬ偶然の再会に驚いていた。
ただ、にんにく取り放題の際にあったような、更にはランニング中に知らず抱いていたような対抗心は、今はなかった。
「チサト、もしかして君……君もにんにくの臭いを体から絞り出すために走っていたのかい?」
「君もってことは……シンクさんも?」
お互いがお互いに感じた異臭。
それはどちらも、同じにんにく由来のものだったのだ。
偶然に重なる偶然。
しかも、とんでもなく間抜けな状況に、二人は目を見開き……どちらともなく、プッと吹き出す。
「あははっ、なんなんですか、あなたは」
「そっちこそ。もしかして、とんでもなく気が合うのかな、わたし達は」
お互い笑い合い、穏やかな時間が流れる。
チサト側からのわだかまりや、シンクという存在への違和感が完全に消え去ったわけじゃないが、少なくともただ張り合うだけの、水と油のような関係ではないことは理解できた。
「そうだ。せっかくだから、お互いちゃんと臭いが絞り出せてるか確認しない?」
「へっ!?」
「わたし、嗅覚にはそれなりに自信があるんだ。それに、自分じゃ自分の臭いってよく分からないでしょ」
シンクはそう言いつつ、じりじりとチサトに近づく。
多少、気が許せるかもと思ったとはいえ、まだ友達とも呼べない距離感。
そんな相手と、意図して体臭を嗅ぎ合うなど……、
(は、破廉恥では!?)
チサトは叫びそうになる。
しかし……そこでまた、シンクと目が合った。
心なしか、「逃げるの?」と問いかけてきているような視線に、カチンと頭の奥で音が鳴った気がした。
「……いいでしょう」
逃げる、など有り得ない。
頬を引きつらせつつも、チサトは挑発的な視線を返す。
それを受けて、シンクも好戦的な笑みを浮かべた。
「なら、勝負だね」
「にんにくの臭いが、より薄れていた方が勝者です!」
二人はそう言い、抱き寄せ合うような距離まで近づいた。
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