第6話 吸血鬼、レースを仕掛ける
その少女、名前は斑鳩千里(いかるが ちさと)といった。
体を動かすのが趣味な高校生。
休日はいつも運動に興じ、今日は昼過ぎからランニングに興じていた――のだが。
(なんか、変な人においかけられてる……!?)
そう咄嗟に思いつつも、チサトは真面目に律儀に、「変な人、というのは少々語弊があったかもしれない」と修正する。
およそ日本人とは思えない外見の少女だ。
銀色の髪、真紅の瞳。日差しの下を走っているのに、まるで紫外線を弾くバリアーを張っているような真っ白な肌、そして汗を殆ど掻かず薄い笑みを浮かべものすごい速度で迫ってくる。
あと、追い風に乗って、妙な臭いも漂ってくる気がする。
……やはり変な人かもしれない。
もしくは人ではなく、幽霊や幻覚の類いかもしれない。というか、そのほうがしっくりくる!
チサトは混乱していた。
(絶対追いつかれちゃいけない……!)
足を速め、距離を離す。
オーバーペース気味だが、アレを振り切るには四の五の言っていられない。
しかし、それに追従するように銀髪の悪魔もペースを上げる。
じりじりと、追い込むのを楽しむが如く、ほんの少しチサトより速いペースで迫ってくる!
(ひぃい!)
チサトは叫びそうになるのを必死に堪えながら、さらにペースを上げるのだった。
◇
(ふふ……くふふ……!)
一方、追う側。
シンクは頬が緩むのを隠そうともせず、チサトを追う。
ほんのりと、こめかみに汗が滲んだ気がした。
(この子、面白いな)
自分が追いつきそうになると、まるで反発するように加速する。
最早ランニングと言うにも速すぎる速度で疾走する二人。
シンクには余裕があるし、追いつこうと思えばすぐに追い抜かせるかもしれないが、種族差にかまけて圧倒するなど、いささか幼稚だ。
そんな風に勝利を掴んでも(そもそも勝負というほど大仰な話ではないが)、後で呑むビールがマズくなるだけ。
人間の世界に溶け込み生きる不死の吸血鬼の目的はただ一つ、いかに楽しく愉快な毎日を送るかだ。
(にしても、随分速い。ツムギだったらとっくに倒れているだろうに……同い年くらいだよね?)
自分と頑張る少女の背中を見つつ、シンクは首を捻る。
人間――特に成長期の子どもは、見た目から年齢を測りやすい。
そして、彼女が高校一年生であるツムギと同じくらいの年齢というのは間違いない、とシンクは分析していた。
(そうそう、これくらいの年の女の子は、独特な匂いが……ん?)
シンクはさらに確信を深めようと嗅覚を研ぎ澄まし――気付く。
(臭っ!?)
少女――チサトから放たれる、悪臭に!
(普通の臭いとは違う! もしかして……この子、人間じゃない!?)
足が速く、そして自分が思わずずっこけてしまいそうな臭いを放っている。
自分と同じような、人間社会に溶け込む人外の存在かもしれない。
シンクはここにきて、初めて警戒を強めた。
(追うの、やめようかな……いやいや!)
ここまで来たのだ。それは無い。
ここで引けば、逃げた記憶が永遠について回り、やはり後で飲むビールを濁してしまう。
むしろ、正体を暴かなければ気になって夜も眠れない。
(決めた。今日わたしは、君の正体で美味しいビールを飲むぞ!)
シンクはそう決意し、一段ギアを入れ、後1メートル程度の距離まで詰める。
チサトもそれを背中越しに察し、加速する。
……が、既に全力疾走の域に達していた彼女は――。
「っ!?」
足をもつれさせ、体勢を崩してしまった。
「危ないっ」
シンクはそれを見た瞬間、反射的に超加速。
一瞬でチサトの前に回り込み、彼女を抱き留めた。
「え? えっ!?」
「ふぅ、セーフ」
目を白黒させるチサト。
ホッと息を吐くシンク。
そして、二人は抱き合うような距離で目を合わせ――。
「「やっぱり臭っ!?」」
同時に吠えた。
◇
「はい、お水」
「どうも……って、それ」
「んふふ。これ? ビール! んく、んく……ぷはーっ!」
シンクはチサトにペットボトル入りの水を渡し、自身は缶ビールのイージーオープンエンドをカシュッと開け、煽る。
どちらも、完全にダウンしたチサトがベンチで息を整えている間に、近くのコンビニで買ってきたものだ。
「……未成年、ですよね?」
「んっふっふ。ちゃんと成人済みだよ。ほら」
シンクは得意げに、運転免許証を見せる。
自分を未成年だと思った相手に免許証を見せるのは彼女の密かな楽しみの一つだ。
ちなみに、戸籍(日本国籍、22歳)は当然偽造したものだが、運転免許証自体は正規の試験を合格して得た本物である。
「ほ、ほんとだ……!? えっと、とくはな……?」
「えるばな、って読むんだよ。得花真紅(えるばな しんく)。気安くシンク姉さんと呼んでくれたまえ」
「え、えと……ボクは斑鳩千里、です」
「よろしく、チサト。わたしのことはシンクお姉様と呼んでくれて構わんよ」
シンクは大人っぽい微笑み(自称)を浮かべつつ、ベンチに座る。
さらに大人っぽく足も組んでみる。
そしてトドメとばかりにビール缶も親指と人差し指だけで挟んで持ってみる——。
「おっ、わぁ!? 滑っ……セーフ!」
つるっと缶を手から滑らせ、なんとかひっくり返さずキャッチするシンク。
「…………よろしくお願いします、シンクさん」
そんな間抜けな姿を見て、チサトはすぐさま、シンクをどう扱うべきか理解した。
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