第2話 試合前の因縁。

「お、お嬢様お嬢様!見てください、凄いですよお料理!!」

 パーティー会場に入るなり、浮かれてピョンピョンと飛び跳ねながらテーブルの上の豪華料理を満面の笑顔で見つめるメイドのセイと、それを微笑ましく見つめる楽しそうな令嬢コリンの姿があった。

「ありがとうございますコリンお嬢様!!私みたいな平民のメイドをこんなところに連れてきてくれて……!」

「ん?そんなこと気にすんなって。あたしは、いつも頑張ってくれてるセイと一緒に来たかったんだよ」

 ニカッと少年のような笑顔を見せるコリン。

 彼女は悪役ではあるが、普段から悪人なわけではない。

 あくまでもプロとして悪役を、ヒールレスラーを演じているだけだ。

「お嬢様ぁ~~!!セイは嬉しいです!」

 目を潤ませながら再びピョンピョンと跳ねるセイ。

 コリンも楽しそうに笑いながらセイの頭をぽんぽんと撫でる。

「はっはっは、よしよし。二人で存分に食おう!こんなしょーもないパーティそれくらいの楽しみが無きゃやってらんないよ」

「お嬢様……!そんなことを大きな声で仰っては……!ううっ、胃が……」

 後ろから執事のタガミさんがキョロキョロと周囲を伺いながら心配の声を上げる。

 実際、パーティー会場に集まった周囲の貴族たちからは冷たい目線が向けられているが、コリンは意に介していない。

 コリンは王族の直系ではあるが、王位継承権で言えば26番目。

 それなりに権力はあるが実権を握る可能性は低く、他の王族たちからは妾の子であることを理由に蔑まれている。

 今さら周囲の目線など気にしていてはきりがない。

「気にすんなタガミ。ほら、アンタも食べなよ。肉美味いぞ肉」

 ローストビーフのような肉の塊を切らずにそのまま手に持って噛みつきながら、同じものをもう一つタガミに手渡す。

「お嬢様。老人の顎の力の弱さを舐めて貰っては困ります」

「はははっ、良いなその言い回し。だからタガミは嫌いじゃないぞ」

 なんだかんだと仲は良さそうな二人の会話をよそに、次々と食事を口に運んでいるメイドのセイ。

 しかしそこに、周囲から蔑むような笑い声が届く。

「なぁにあの平民。下品な食べ方」

「礼儀も知らない平民が立ち入っていい場じゃないよなぁ?」

 その声に、みるみる顔が赤く、そして青くなっていき、食べる手を止めるセイ。

 そこへ……ぽんっ、と頭に手を乗せるコリン。

「あ……お嬢様……私、やっぱり場違い、ですよね……えへへ」

 悲しそうに、それでも笑顔を見せるセイの口に、グイっと手にもってた肉を押し込むコリン。

「汚ねぇ雑音で耳を汚すな。アタシは、美味そうに食うセイが好きなんだ。礼儀作法なんぞ、やりたいやつらにやらせとけばいいんだよ。美味いもんは美味そうに食うのが最強なんだからよ!」

「……ほひょうはま…(もぐもぐ)」

 コリンの笑顔に釣られて、笑顔が戻るセイ。

 それを確認した次の瞬間、周囲を全力で睨みつけるコリン。

 今にもその喉からはガルルルルルルという威嚇の音が出そうだ。というか実際出ていた気もする。

 だが――――その威嚇が目に入っていないのか、一人の男が軽口を叩く。

「ははっ、全くメイドもメイドなら主人も主人だな!平民に妾の子、お似合いの低俗コンビだぜ!」

「――――――あぁ?」

 声のした方に視線を向けると、そこに居たのが、マスカール家の六男、ミール・マスカールだった。

「なんだぁテメェこら……喧嘩売ってんのか?」

 睨みながら近づいていくコリンだが、ミールはへらへらと笑いながら対峙する。

「喧嘩ぁ?あはは、御冗談を。争いってのは同じレベルでしか生じないというだろう?君たちと僕の間で喧嘩なんて、ねぇ?」

 どこまでもニヤニヤと人を小馬鹿にしたうすら笑顔を崩そうとしないミール。

「なるほど、よーくわかった。そんなに自分を卑下するなよ。確かにアタシたちと比べたらテメェの低レベルっぷりは一目瞭然だもんなぁ?」

「……なんだとこのクソ女……」

 器が小さいのか煽り耐性が無いのかその両方なのか、突然不機嫌になり声を張り上げるミール。絶対に両方だ。

「僕を誰だと思ってる!?ミール・マスカールだぞ!?僕の持ってる農場はこの国でも上位の巨大農場で、王家や貴族にも大量に食料を提供している。僕を敵に回せばすぐにお前たちの領地の食糧庫を空にしてやることも出来るんだぞ?」

 マスカール家の権力が強いのは少量の生産と流通をかなり握っているのが強く、王族ですらあまり強く出られない存在である。

 なので基本的には平和的な関係を結んでいたい……そんな王家の弱腰な態度が、この六男の不遜な態度を生み出す要因にもなっているのだろう。。

「うるせぇ知るか。こちとら悪役だぞ。ヒールだぞ。文句あんならやってやんぞあぁん??」

「あー、いやだいやだ。なんだいその言葉遣いは。君は知らないかもしれないが、このパーティはね、お見合いも兼ねてるんだよ。女たちは皆、我々のような有力な貴族の男たちに気に入られたくて仕方ないんだ。キミたちは所詮、政略結婚の道具ってわけ!」

 それは、事実その通りだった。

 この世界において、貴族の女性の人生を決めるのは、どの家の誰に嫁に行くのかという部分が大半を占めた。

 その為に幼いころからひたすら礼儀作法を叩きこまれ、いかに美しく見せるか競い合い、ライバルと足を引っ張り合い、男に媚を売る……自立することは許されず、ひとすらに「選ばれる」為に邁進する……それがこの世界における貴族の女性の人生だ。

 だが――――彼女は、コリンは違った。

 そんなものには、これっっっっっっっっっっっぽっちも興味が無い。

「へー、他の女たちはどうか知らんけど、アタシは興味ないね」

「ぷぷぷー!そりゃあ、キミみたいな下品な女、誰も選ばないもんなぁ!そんなんで嫁の貰い手がある訳がないよー!ほんっと、メイドもキミも見るに堪えないブス―――」

 その瞬間、ミールの言葉が途切れた。

 コリンの、圧倒的なパワーのビンタ……いや、顔面への掌底によって!!

「ごぶはぁ!!」

 ミールの体は上空に吹っ飛び、くるくるときりもみ回転しながら地面に落ち―――ると思った次の瞬間!!


 突然パーティ会場にリングが出現し、その上にはコリンとミール二人だけ。


「上等だこらぁ……やってやんよ!!やってやんよこのクソやろぅがぁぁぁ!!」





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