悪役(ヒールレスラー)令嬢は全てをプロレスで解決する。
猫寝
第1話 ゴングを鳴らせ。
カァーン!
甲高い金属音が鳴り響き、戦いのゴングが鳴る。
ロープで囲まれた四角いリングの上には、戦いに挑む二人の人間。
そのリングが存在するのは――――どう見ても似つかわしくない、王宮の煌びやかなパーティー会場。
この世の贅の極みを集めたような華美な内装と、立食パーティーのテーブルに豪華な食事が並ぶ中、突如出現したのだ。
ドレスやタキシードに身を包む貴族たちが集まるこの空間の中央に、武骨な……しかし無駄のない機能美に彩られた四角いリングが。
「な、なんだこれは!?どうなってるんだ!?」
困惑した声を上げるのは、青コーナー付近に座り込んでいるタキシード姿の男。
国内の三大貴族と言われるマスカール家の六男で、国内でも10本の指に入る大きな農場を経営している権力者でもある、ミール・マスカール。
そんな男に対峙する赤コーナーには……純白のロングドレスに身を包み、ウェーブのかかった金髪をなびかせる美しい令嬢――――なのだが、その顔には獣の爪で切り裂かれたような3本の赤いペイントがあまりにもミスマッチで目を引く。
悠々と、そして堂々とコーナーに背中を預けていたかと思うと、突然のその手にマイクが現れる。
どこかに隠し持っていたのではない、突然現れたのだ。
その様子に周囲が驚きざわざわしていると、姿勢を正した令嬢が大きく息を吸い込む。
「――――あああああああああああ!!!!!」
その魂を震わせるような大声でこの場の視線をすべて自分に集めると……
「テメェこら!!ぶっころしてやっからよぉ!!かかってこいやぁ!!!」
荒々しい言葉のマイクパフォーマンスで、対角線上にいる貴族・ミールを煽る。
そして、マイクをボンッ!とリングに叩きつけながら、ミールの元へマイクを投げて、右掌を上に向けて、クイクイッと「お前もなんか言えよ」と迫る。
訳も分からないままミールはそのマイクを受け取ると、「こ、これに向かって喋ればいいのか?」と声を出した瞬間、その声が増幅されて大きく聞こえる事に驚く。
「な、なんだこれは!?なんで声が大きくなるんだ!?」
その困惑に対して、令嬢はもう一本マイクを出して答える。
「知らねぇよ!!なんだよこのマイク!!どこにも繋がってねぇのになんで声がでかくなるんだよ!!まあ、そもそもなんもない空間から急に出てくる時点で不思議過ぎるからどうでも良いけどな!!」
「お前も知らないのかよ!!」
思わずツッコミを入れるミール。
「知る訳ねぇだろ!!こちとら気づいたら悪役令嬢だよ!!タイトルマッチはどうなったんだよこんくしょう!!」
「な、何を言ってんるだお前は!?」
「うるっせぇ!!とにかく、テメェはムカつく!!だから、試合だ!!試合で決着付けようぜ!!
「良くない!!そもそも試合ってなんだ!?なぜわたしとお前が勝負をせねばならん!?」
「グダグダとうっせぇな……シシゴン!!ゴングだ!!ゴングをならせぇ!!」
令嬢がリング脇に声をかけると、なぜかそこには木製の長机と、その上に置かれたゴングがあり、そこにいる小さな謎の生き物……頭は獅子が体はドラゴンという謎の組み合わせなのになんかちょっと可愛い存在……シシゴンが、ハンマーを手に取り高らかにゴングを鳴らす!
「さあ、やろうぜ……最高に熱く盛り上がるプロレスをよぉ!!」
豊島ひろみは、女子プロレスラーだった。
幼いころから昭和プロレス好きの父親と共に見ていた伝説のヒールレスラーたちに憧れて、自分もそうなりたいという夢を叶え、ヒール(悪役)でありながらも女子プロレス団体スターリングのシングルチャンピオンにまで上り詰めた。
凶器攻撃 場外乱闘 なんでもありのラフファイトを展開しつつも、その根っこには努力と才能で築き上げた確かにテクニックが存在し、プロレス最強を証明したいと格闘技にも進出して全米大会で2位にまで上り詰めた。
その実力がありながらも、ひたすらにヒールの道を歩み続けたひろみだったが、試合会場に向かう途中で不運な事故にあい、その一生は突然終わりを迎えた―――――かと思いきや、気付けば異世界の悪役令嬢に転生していた!!
最初は戸惑ったひろみだったが、「待てよ……悪役令嬢って、悪役ってことはヒールレスラーと同じ感じでいいんじゃねぇか……?」と気づいてからは、堂々と悪役令嬢「アデジャール・コリン」としての人生を歩み始めたのだった!!
『さあ、試合開始のゴングが鳴りました。実況はワタクシ、愛くるしいマスコットキャラのシシゴンでお送りします』
パーティー会場に突然現れたリングの横には、長机にパイプ椅子の実況席も同時に出現していた。
『解説は、コリンお嬢様付きのメイドであるセイさんにお越しくださいました』
「はい、よろしくお願いします!お、お嬢様がんばってー!」
紹介されたのは、メイド服に身を包み髪をポニーテールにまとめた活発な印象のメイド「セイ」(16歳)だ。
『そしてゲストは、コリンお嬢様の世話役、執事のタガミさんです』
細身でスーツに身を包んだウェーブ白髪の老紳士タガミさん(68歳)は既に顔が青白い。
「……ああ、お嬢様、またこんな揉め事を起こされて……ううっ、胃が、胃が痛い……!」
『おーっと、タガミさんが青ざめた顔で胃薬を飲み込みました。その慣れた手つきで、普段から相当苦労しているのがよくわかりますね』
「シシゴン殿、ワシの実況はしなくて結構です……」
実況席でそんな会話がなされている間にも、リング上では試合が始まっている。
「どらぁ!!」
まだ困惑してる貴族の六男ミールに、コリンの打点の高いドロップキックが炸裂する!
『あーっと、いきなりの攻撃で吹っ飛ぶミール。倒れたところに……出たー!!コリンお嬢様の謎の能力「凶器なら何でも自由自在に出せる」だー! その名の通りの能力で、まず取り出したのは……フォーク!!アブドーラ・ザ・ブッチャーの頃から変わらぬ定番凶器だー!』
「ぐぇっへっへっへ!」
舌を出して笑いながら、そのフォークでミールの額をぐりぐりするコリン。
『邪悪ー!あまりにも邪悪な顔だー!悪役とは言え令嬢という立場に全くふさわしくない邪悪な顔で額をグリグリしているぞー!』
さらにはパイプ椅子を出し、バンバンと殴りつけたかと思うと、今度はフロントスープレックスで綺麗に投げてから、顔面に毒霧を吹き付けるコリン。
『これは怒涛の攻撃!いやぁ、コリンお嬢様相当お怒りですね……シシゴンは少し席を外していたので見てなかったのですが……いったい何がどうしてこうなったのですか?』
「それは……最初のきっかけになったのは、私なんです……」
解説席のメイド、セイが申し訳なさそうに、この事件の始まりを語り始める―――。
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