第二十六話 絶望と賭け

「スミレ......? ねえどうしたの?」


 ハカナが問い掛けても返事はない。


 スミレは光を失った目で虚空を見つめている。


「ねえ......もういいわよ......驚いたから...だから動いてよ...」


 ハカナは現実を受け入れる事が出来なかった。


 今目で見ている光景が現実だとは思えなかった。


「スミレ......ねえスミレ!! お願いだから——」


 ハカナの服がスミレの血液で赤く染まっていく。


 そんな状況に耐え切れず、ハカナはスミレの亡骸を抱きかかえて声を上げて泣いた。


「いやよ!! なんで、どうして! 答えてよスミレ——」


「声が聞こえて来てみれば、貴女、ハカナ王女ですね」


 突如、ハカナの背後に現れた灰色のローブ姿の人物。


「一緒に来てもらいます」


 そうしてハカナは意識を失った。



 ◻️◆◻️◆◻️◆



「おや、お目覚めですか」


「ヒッ——」


 意識を取り戻したハカナの目の前には、頬のこけた男が立っていた。


「まったく。そんなに驚かなくてもいいじゃないですか」


 ハカナは逃げ出そうと手足を動かしたが、動くどころか返ってくるのは金属音だけ。


 ハカナは自身が鎖に繋がれている事に気が付いた。


「元気がいいですねえ〜これならちゃんと会話が出来そうだ」


「......あなたと話す事なんて」


「まあ、そうカリカリしないで。まずはこれを見てからだ」


 男が少し右に移動する。


 それは自身の体で隠れていた光景をハカナに見せる為だ。


「——ッ!?」


 ハカナは視界に映るものを見て言葉を失った。


 目の前には城の使用人たちの死体と、腹を槍で貫かれ、十字架に磔にされた父がいた。


「これなら、わたしとお話ししてくれるかな?」


「ウェッッ——」


「あれら。吐いちゃったか」


 ハカナが吐きながら泣いている様子を見て、男はハカナに近付いた。


 そしてハカナの背中をさすりながら言葉を掛ける。


「悲しいよね、気持ち悪いよね。そりゃあ家に帰ってこんな光景見たら気分も悪くなりますよ。まあわたしはそんな体験をした事がないので分かりませんけど......君は貴重な体験をしたんだ! 誇るべきですよ。ほら喜んで」


「ウェッッ——」 


「残念。またの機会としましょうか」


 男は満面の笑みでハカナを見つめていた。


「ひどい......どうしてこんな......」


「まあ世界というのは色々あるんですよ。それよりもお嬢さん。貴女には選択肢がある」


「選択肢......?」


「そう。貴女の父上はまだ死んじゃいない。わたしの言う事を聞けるのなら傷を治してあげよう。嫌なら今すぐ父上は殺すし、それは勿論貴女も。さあどっちを選ぶ?」


 男が提案した二つの選択肢。


 ハカナは二つ返事で前者を選んだ。


「うーん実にいい返事だ。名乗り遅れたがわたしの名前はイキリーナ。これから色々と頼んだよハカナ」



 ◻️◆◻️◆◻️◆



 イキリーナの提案を受け入れたハカナが、彼に、そして彼の仲間に犯されるまではそんなに時間は掛からなかった。


 抵抗しようにも手足が鎖に繋がれている。


 それに父の命も掛かっているのだ。


「あと、この国の人たちには記憶改ざんの魔法をかけている。今のこの国に君の味方は一人たりともいないよ」


 事後、イキリーナが言い放った一言にハカナは絶望した。


 失いたくない、終わってほしくないと願った大好きな日常は簡単に崩されたのだ。


「ウッッ......」


 ハカナは声を殺して孤独に泣いた。


 何故こんな目に遭わないといけないのか。


 そう思い、考え、喪失感と絶望感に抱かれながら。



 ——クロム到着——



 その日のイキリーナは何処か緊張してる様な気がした。


 そう思ったハカナはイキリーナに呼び出された。


 呼び出された内容はこうだ。


「貴女にも伝えておきましょう」


 父の姿をして、父の様に振る舞うイキリーナをハカナは憎くてたまらなかった。


「今日、わたしがこの国に来た目的である、ある人物が来ます。貴女にはそいつの監視を頼みたい」


「分かりました。それである人物というのは?」


「それは見てからのお楽しみという事で」


 そんな会話から数時間後。


 彼が、魔王クロム=クロシュバルツがこの国に訪れた。


 大昔に勇者に敗れたという伝説上の人物が、二人のエルフを連れて今ハカナの目の前にいるのだ。


 ハカナは終わりだと思った。


 イキリーナに国も自分も支配され、その上伝説の魔王。


 もう世界に救いはない。


 そうハカナが絶望した時だ。


「俺達はこの国の技術を教えて貰いに来ました」


 ハカナは驚きを隠せなかった。


 魔王は友好的に接してきたのだ。


 勿論、ハカナはそれを真に受けたりはしない。


 相手は魔王だ。油断させるためかもしれないと考えるのが普通。


 しかし——


「ハカナです。ガザリウス王の命で、滞在期間の間、クロム様の身の回りのお手伝いをさせていただきます」


「ありがとう。それと——」


「はい?」


「俺こういうちゃんとした城って初めてだからさ、なんか変な事しちゃったら全然注意してね」


「注意、ですか?」


 ハカナはクロムの言葉を理解出来なかった。


「うん。あっ、勿論ハカナさんの面倒にならないよう気を付けるよ」

 

「はあ......」


 ハカナのイメージする魔王というのは殺しが大好きで、毎晩殺した者の血肉を喰らうという、なんとも残忍性に溢れたもの。


 事実、御伽話や伝説ではそう描かれている。


 しかし目の前にいる魔王はそれとはかけ離れた、まるで普通の人間のよう。


「どうかした?」


「いえ。なんでもございません」


 だからハカナは心の中で思った。


 この魔王なら自分を、そして父や国を救ってくれるのではと。


 実際クロムにはイキリーナが緊張を見せる程の実力がある。


 結果、ハカナは賭けに出る事にしたのだ。

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